「名探偵ポワロ」もいよいよ大詰め間近で、本シーズンが終わって、残すところあと5作だけとなった。そんな本シーズンには、残る名作「オリエント急行の殺人」と「カーテン」のうち、待ちに待った「オリエント急行の殺人」が収録されているのが注目だ。
さて、まず「複数の時計」だが、原作は、殺人事件の現場の設定に説得力がないという根本的な弱点はあるものの、殺人事件とスパイ事件という二つの事件と登場人物が複雑に錯綜して、結構面白い作品であることは間違いない。このテレビ版では、基本的なプロットは維持しつつも、細部にかなり大幅な改変を施しており、その結果、前記設定の弱点を見事に補っているだけでなく、より錯綜度が増して、緊迫の終盤は、目まぐるしく進展する事態に頭が追い付かないほどだ。ちなみに、原作では、ポワロの出番はとてもポワロ物長編とはいえないほど少なく、初登場はようやく中盤前で、それも「安楽椅子に座っているだけで一切のことがやれる」という持論からコリンにわずかばかりの助言などをするだけであり、全494ページのうちの終盤のわずか39ページで、やっと真相を解明するポワロが見られるという作りになっている。
次が「三幕の殺人」だ。私は原作を読むのが今回で3回目で、NHK・BSでの放送を含め、あらかたプロットが頭に入っていたにもかかわらず、全くダレずに読むことができたということで、改めて良くできた原作だと思ったし、実際、秀作といっていいと思う。このテレビ版は、省略や多少の前後は別として、ほぼ忠実に原作のプロットを再現している。ただし、この作品でも、原作では専らチャールズ、サタースウェイト、エッグの手で調査が行われ、ポワロが主役として活躍するのは、全375ページのうちラスト79ページだけであるのに対し、テレビ版では、サタースウェイトをカットし、その役割をポワロに振り替えることで、全編にわたってポワロが主役級の活躍をしている。いよいよ真相が明らかとなるタイトル名を意識したラストの舞台設定も、映像作品ならではの洒落た演出で、感涙のラストも原作を大きく上回っており、見事の一言だ。
「ハロウィーン・パーティ」の原作は、「複数の時計」の次々作にあたる作品で、その6年後の1969年に刊行されているのだが(DVD付録の解説は誤り)、「複数の時計」とは打って変わって、ポワロ自らが全編にわたって長々と関係者全員の聴き取り調査にあたっている。「複数の時計」からのあまりの変わりように、私などは、「複数の時計のあの設定は、一体何だったのか?」とツッコミを入れたくなってしまうのだが、それはさておき、クライマックスの緊迫のサスペンスと、かなり複雑でわかりにくい何ひねりも効いた真相は、読者の想定を大きく超えるレベルにある。このテレビ版は、登場人物の人間関係を重要なものを含めてかなり変えており、その結果、一連の事件全体の様相も、原作とはかなり異なったものになっている。クライマックスの構成も、ハラハラドキドキさせるサスペンスは弱まってしまい、遺言書を巡る真相もすっきりと分かり易くまとめられてしまった感はあるが、原作よりも哀しみを大きく浮き上がらせた結末になっている。
「オリエント急行の殺人」は、1974年公開のEMI製作の映画、2001年製作のアメリカ製テレビドラマに次いで、これが三つ目の映像化作品となる。お粗末な出来のアメリカ版は問題外として、オールスターキャストのEMI版を凌駕するような作品に仕上げてくれているのかどうか、大きな期待を持って見させてもらったのだが、結論から先にいうと、期待以上の大満足作だった。EMI版は娯楽ミステリ大作といった趣だったのだが、このテレビ版は、本編約89分とEMI版より約40分も短いという時間上の制約や、誰もがプロットを知っているほどの超有名作ということもあってか、ミステリの要素は切り捨てて、完全に心理劇に焦点を絞っているといっていいと思う。いつになく終始シリアスなポワロの表情が全てを物語っており、冒頭の二つの前振りのエピソードで暗示したこの物語の結末は、丹念に20分以上を掛けて描いた壮絶な心理劇となっているのだ。超有名作を、よくぞこれだけのシリアスな感動作に仕上げたものだと、絶賛したい。