三度目を読み終えて前回の読後感を上回る感動を得、高三の孫娘に是非読んで欲しくてプレゼントしました。私の母方の先祖である曾祖母は文久二年会津生まれで、戊辰戦争に敗れ西軍の兵がやってきて「荒川市郎兵衛、兵糧を出せ!」と言われたと90歳でなくなるまで私共曾孫に語り伝えてきました。
その曾祖母は町で有名な女傑でありまして、米穀屋を営んでいたとき借金を返済しない男性客に「代金を返さないならお前の顔を殴らせろ!」と言い顔を張り飛ばし、帳消しにしたそうです。
かくも激しく生活力が旺盛で魅力的であったのは、会津に生まれ会津藩士の子として育ったことも無縁ではなかったのではと思います。
会津藩主初代保科正之から最後の藩主容保までの歴代の藩主には、遇物はただの一人も存在しなかったと中村彰彦氏は書いていますが、思うに如何に保科正之の初代藩主としての業績が大きかったことかの証明であり、また現代まで続く会津人の資質の高さの根源は、藩校日新館での教育の成果ではと、福島の地から遠く離れた八ケ岳南麓から想い新たにしています。