とうとう書くべき人の書かれるべき1冊が出たというと首を傾げる向きもあるかもしれないが、評者にとってはまさにそうなのだから、このレビューの役目はその旨を1人でもよいから伝えることである。
「永遠の吉本主義者」を自称するムッシュ・カシマは、他方でベンヤミンといった吉本が一顧だにしない思想家の著書を解説している。このあたりのわかりにくさというか、鷹揚さというか、器の大きさというか(器が割れている?)、それもまたムッシュの芸であるという気がするのは、評者がカシマイズムの信奉者だからだろう。
戦前戦後、そして時に現在をも支配下に置くスターリニズムの思想的強度を決して侮らず、徹底的に批判してやまなかった吉本隆明は、掛け値なしに戦後思想の唯一の巨人であった。後続世代では、彼をバカにする向き、揶揄する向きも少なくないようだが、評者もムッシュに倣って、吉本こそは我々の生き死にと思想を架橋し、あるいは一体のものとして考え抜いた稀なる存在だと思う。
吉本は個人的な密かな楽しみや、独り善がりな自分勝手にも寛容である。「社畜」などとサラリーマンの哀しさを捨て置き、罵倒することは決してない。彼自身特許事務所にいたときの経験から、仕事が終わった後に同僚と一杯飲みに行くことの「たまらない」楽しさを知っている。そして、思想の営為とは、そうしたたまらない楽しさと決して無縁ではないということを語ったのが吉本だった。
しかし、その一方で、自己慰撫と諦めと1人勝ちを正当化し、他者を手段としかみなさないような人間を嫌いぬいている。そうした醜い行為を推奨する「ビジネス本」を正確にも「わい本」と評言しているのには感服する。これ以上の正しい評言はなかろう。
本書は、初期吉本のテキストに則り、人間の思想とは何かを闡明する優れた論考だと思う。それがそのまま人物論になっているが、贔屓の引き倒しの独善や単なるファンの独白のいやらしさからは不思議にも免れている。アンチ吉本も偏見を持たずに読んでみるべきだ。