小説家や評論家や哲学者が講演するという情報を得るや否や、どうにかして都合をつけて聞きに行こうとするのは、いったい何故なのでしょうか?
それは、彼もしくは彼女が、好きで好きでしょうがなく、そして、もっともっと好きになりたいために、いま生きて限り在る中でどうしてもその肉声を聞きたいとか生の姿を見たいということで、つい出かけて行ってしまうからなのか。
あるいは、その著作が難解極まりなくて手こずっているために日頃から何とかして解りたいと願っていて、スキあらばと入門書や解説書にまで手を伸ばしたりしている時、そこに救世主のように現れる講演という肉声で語られる紙に書かれた謎を氷解する場に救いを求めて行くからなのか。
私には出版社主催や大学祭の講演会は、見つけたら行くという習慣が身に付いていて、中学生以来今までざっと150件は下らないと思います。
あんないい作品を書く人がこんなくだらない人なのかと思ったり、ちょっと評価が低かったり疑問だった人にすばらしい語り口で魅了されたり(作品の独自性を見失う恐れもあることは百も承知ですが)、同時代に生きているからこそ味わえる貴重な体験をしてきたと思います。
吉本隆明は詩人・文芸批評家としてめちゃめちゃ大好きで、すごく尊敬していますが、好きな人の一部分だけより、もっともっと全部知りたいと思って、全著作を揃えて読んできていますが、それほど難解だと感じたことは一度もありませんでした。
(よほど理解不可能なものは私が悪い訳ではなく、理解させられない彼が未熟者なのだ、と思うようにしているせいかもしれませんが、そして一時忘却して後日再挑戦すればなんとかなるという、楽観のん気主義!)
ただ、既存の思考や流行の西洋思想を駆使することなく、自前の思想を構築しようと悪戦苦闘するあまりに、どうしても晦渋になったり未消化だったりするのはしかたのないことだと思いますし、誤解や勘違いの非難に対して喧嘩っ早いのはご愛嬌で、マルクスからCMまで諸問題を吉本流に講釈してくれる手腕は超一流のエンターテイメントです。
このCDブックは、彼のファンの糸井重里が、読んでも難解な吉本隆明でも講演なら噛み砕いて解り易く語っているはずだと目をつけて、
もう一人の熱狂的ファンで40年以上かけて吉本隆明の講演会を追っかけて講演を録音した宮下和夫(出版社=弓立社社長)のライブラリーを使って出したものです。
この安価なちょっとつまみ食い的74分バージョンの他にも、「五十度の講演」というCD115枚とCD−ROM1枚の入った五万円のものと、DVD1枚で二万八千円のものがありますが、私の購入したのはDVDで、愛用のソニーのMP3のATRAC3plusにダビングして外出時にも携帯して聞いています。
今年の11月25日で84歳の吉本隆明を私が今まで聞いたのは3回だけで、高校生の時ですから71〜73歳頃、もちろんかくしゃくとされていましたが、もっと若い頃のものを聞くと、決然と颯爽として痛快で、なるほど1960年代には吉本教信者が大勢いたと揶揄されたのもむべなるかな、という感じでした。
少し前に小林秀雄のCDがちょこっと評判になったことがありますが、その曖昧模糊とした寝言のような口演とは較べようがないすばらしいものだと思います。
記述日 : 2008年08月20日 00:14:28