傾倒してきた中世の仏者・親鸞について、詩人で思想家の吉本隆明が語った5本の講演を収録している。
吉本の親鸞論としては、「往相と還相」という主題で晩年の親鸞を論じた『最後の親鸞』が知られる。旺盛な評論活動を展開した80年代の主著の一つだ。還相とは「帰り道」のこと。山登りなら下山だ。吉本は、思想を極める「登り道」より、その帰路に注目した。
5本の講演すべての録音がDVD-ROMで付属する。訥々とした語りを聞けば、硬質で難解だった親鸞論が、身近で親しみやすくなる。つまり本書は、そのまま吉本の「還相の親鸞論」なのだ。
吉本を追い続けるコピーライター糸井重里との対談もある。意匠をそぎ落とした装丁もまた、かの主著とは対照的で還相の趣だろう。
「親鸞は世界的な思想家」だ、と吉本隆明氏は言う。
インド→中国→日本と伝わった、浄土教の思想を極限に突き詰めた。キリスト教なら、ルターにも当たる存在である。
法然の弟子となり、共に流罪となって還俗させられ、「非僧非俗」を任じ、妻にあたる女性と子がいた。そんな彼のどこに惹かれるのか。本書はそれを熱く語る五つの講演と、その収録DVDを収める。
阿弥陀仏はかつて、四十八の本願(誓約)を立て、約束通りに覚りを開いて、いまは極楽浄土に住するブッダだ。その第十八願は、わずか十回でも念仏を唱えれば、一切衆生を極楽に往生させる、という。では念仏が原因(修行)で往生はその結果なのか。親鸞は、念仏を唱えること自体が阿弥陀仏の救い(他力)だとした。決定的な転換である。
吉本氏は親鸞の、正定聚(しょうじょうじゅ)の考え方に注目する。念仏すれば、極楽に往生が保証される。極楽往生すれば、次世で成仏が保証される。ならば、念仏者は互いに、仏であるかのように行動しなければならない。現世に理想の共和社会をうみだそうとする一向一揆は、この論理から生まれたのだ。
親鸞のいう浄土は「生と死のちょうど中間」だ、と吉本氏はいう。いや、浄土経典によるなら、浄土はこの世界に匹敵するもうひとつのパラレルワールドだろう。だからそれを足場に、この世界を再組織できるのだ。
吉本氏もかつて、共和社会を構想し、共産党など一切の権威を否定した。その根拠とされたのが、大衆の原像だ。寺社の官僚制に抗した親鸞の姿がヒントではないか。
その親鸞について吉本氏は何冊も本を書き、そのたびにあと一歩迫り切れない思いが残ったという。本書を企画した糸井重里氏は、日本語を操るプロ。 親鸞七五〇回忌にあたる二〇一一年、震災の余波に揺れる日本に、親鸞を語る吉本氏の言葉を届けねばと思ったという。装丁も愛惜あふれる仕上がりになっている。
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