3年にわたるNHKドラマ「坂の上の雲」の放映により、再び作家・司馬遼太郎に注目が集まっているが、その人気にあやかった多くの興味本とは一線を画して、辻井喬の「司馬遼太郎覚書」は大変真面目に司馬を論じている。
作者は40年前、司馬遼太郎たちが立ち上げた同人誌に加わり、その長い付き合いを振り返りながら鋭い評論を展開する。
司馬は、明治期の日本が欧米列強に伍していく過程を「坂」にたとえ、その坂を上る過程で生じた様々な困難を綴りながら、しかし、その坂の上にはきっと素晴らしい「国家」があるにちがいないと無邪気に信じた「国民」が生まれた時代、明治を「明るい時代」だったと捉えた。
しかし、坂の上にあったのは晴れ間ではなく、曇り空でもなく、土砂降りの陰鬱な「暗い時代」、戦争に突き進む昭和が待っていたとして、そのきっかけとなった(と司馬が考える)二○三高地の攻略戦で多数の死者を出した司令官、乃木希典を痛烈に批判している。またそれは兵士の人命を軽視し無謀な突入を繰り返す司令官を軍神に祭り上げ、国のために死ぬことは素晴らしいことだと誤った認識を広め、昭和に入って国家や国民を死の淵に追いやった軍部暴走の萌芽と捉えた。
作者は、そういう認識を持つに至った司馬の思考に深く丁寧に分け入って行く。また、同時代の人気作家としての松本清張も取り上げ、その相違する点と類似する点を語りながら、司馬遼太郎をさらに語って行く。
私にはこれ以上うまく要約できないが、評論書ながら非常に面白く読めた。
もう一度、司馬遼太郎と松本清張の本を読み返してみたくなった。