本書は多くの点でユニーク。
文章のくだけた調子から学習内容の構成まで、著者の個性にあふれた参考書です。
しかし、広く受験生にオススメできる参考書ではありません。
古文のおもしろさや学習方法は指南してくれますが、実際に古典を読むのに必要な、基本レベルの古語や文法の知識は授けてくれないからです。
学校の授業を理解している人間のバックアップはするが、授業についていけない生徒のサポートまではしないよ、というのが本書のスタンス。
本書プロローグにも、次のことがしっかりと記されています。
◎ 本書での学習には、授業で使っている古文の教科書が必要
◎ この本は、教室での勉強をいっそう効果的にするため、もっとも貢献するであろう
教科書併用という著者の方針もあり、一般の古文参考書と比較すると、古語の説明や鑑賞できる古典作品の量がかなり削られています。
そういう意味では、実際にふれることのできる古典作品の文章が少なく、古典好きの自分としてはかなり欲求不満が残りました。
したがって、初歩から古文を学習したい学生や社会人には、もっと基礎的な古語の説明や有名な古典作品のさわりが数多く収録されている 『
やさしい古文』 など、他の参考書のほうが役立つでしょう。
また、古文を勉強し直したり、古典を原文で読めるようになりたいという社会人にも、本書ではなく、おなじ小西先生の 『
古文研究法』 の方をオススメします。
本書 『古文の読解』 は 「教養書」 であり、実際に古文を読めるようになるための 「実用書」 ではないからです。
古文を学習するにあたり、話は平安時代の生活描写から始まります。
古典常識などというカタイ話ではなく、どんな建物に住み冬はどれくらい寒かったか、ふだんの食事はどんなものを食べていたのかなど。
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もし諸君が平安時代の京都に住んでいたとするなら、食料品の買い出しのため、市(いち)とよばれるマーケットに行かなくてはならない。都の中央を南北に走る朱雀大路(すざくおおじ)を羅生門から北にのぼり、七条通りを右に折れて六百五十メートルあまりゆくと、市の門がある。そこを左にはいると、 「さあ、いらっしゃい!」
生活の話題のつぎには、平安時代の人々の感じかた。
さまざまな古文を例にひきながら、 (現代人とはちがい) むかしの人たちが 「恋は苦しいもの」 ととらえていたことをとりあげ、つぎのように話を結びます。
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それにしても、 「恋はたのし」 と 「恋は苦し」 のどちらが恋愛観として真実であるかは、いつかまじめに考えなくてはならないような日が君たちに訪れるかも知れない
冒頭のはしがきでは、他の教科の学習時間も考慮し、満点ではなく合格点を取れるていどの詰め込み式でない学習をめざすとしています。
ところが後半、語彙や文法、そして解釈の話になると、 (おそらく熱が入りすぎたのでしょう) 内容はいっきに受験範囲をこえた高尚かつ微に入り細をうがつ話題へと突入していきます。
If you will cook the dinner, I will wash the dishes.
そこに夕餉を調へ[む]には、われは器どもをぞ浄め[む]
つまり平安時代の推量の助動詞 「む」 は、現代英語の will でおきかえ可能――といったぐあい。
小西先生の面目躍如といった解説であり、ここからが教養書としてのいちばんおもしろい部分です。
たぶん受験生の多くは、このあたりで本書を投げ出すでしょうが・・・
それにしても、 「ならびの修飾」 の話など、すでに学校を終えた人たちなら興味深く読めるでしょうが、めったに試験に出ないような難問を持ちだし、気持ちに余裕のない受験生をおどかすのは、ちょっと意地悪じゃないか。
ある意味、そうした先生の意地悪ぶりも、本書の魅力のひとつと言えるのかも知れません。