政治に関わる記述は権力によって変形され易いが、死者儀礼の記述は古い時代から受け継がれたものを歪めずに伝えていると考えられる。
著者は記述神話や祝詞の中から、古代人が死にどのように対応し、死者がどこにゆくと考えていたのか、死者儀礼を中心に読み取ろうとしている。
黄泉の国に行ったイザナミをイザナギが訪ねる「地下世界訪問譚」は、天空ではなく地下に黄泉の国があることを示している。ものを生み出す大地の女性原理に属していて、仏教の地獄や浄土とは大きく異なる。
地上の世界では「古代的宇宙の一断面図」と題して、大祓の詞の精細な読みを試みる。古代的宇宙の壱岐・対馬や伊豆諸島の意味が究明される。
「姥捨山考」は死体の扱いを考えた論考で、死体を野山に晒す習俗「さらす」と「更科山」との言葉の響きあいに注目する。
最後の「天武天皇の葬礼」は、喪屋のあり方の吟味、政治的劇場としての殯宮が詳細に論じられている。
この本の著者が繰り返し同じ問題を扱いながら、それを読む者に緊張を覚えさせ、充実感を与えるのは、常に新しい問題意識を持って新しい方法を模索しているからであろう。