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67 人中、60人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
ここまで書いて大丈夫?,
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レビュー対象商品: 反転―闇社会の守護神と呼ばれて (単行本)
所謂「暴露本」とは若干趣が異なる。検事を退官した「ヤメ検」弁護士は過去の経験・知見や人脈を活用しながら仕事をしていく一方、検察の内部事情は外には漏らさないという暗黙の了解があるのではないかと推測するが、ここまで書いて大丈夫かと著者のことが心配になる。実際、著者は刑事被告人として現在も係争中であるが、あまりにもやり過ぎて検察の不興を買ったというのは著者自身も自覚しているし、本書の読者のほとんどが同様の印象を持つのではないかと思われる。しかし、本書では著者の波乱万丈の人生のかなりの部分を惜しげもなく曝け出している結果、物語・読み物としては非常に面白い。検察内部組織の役割や人員構成、どういう事件を取り上げるかという優先順位の付け方等、かなり生々しい。日頃表に出て来ない組織であり、また権力を持った組織だけに、組織としてのバランス感覚・自浄作用を持たないと危うい組織であることも感じさせる。またバブル期に一世を風靡した「バブル紳士」や反社会勢力と呼ばれる人達の描写も興味深い。バブル期は遠くなってしまったが、あの時、世間の眼の届かない所で何が起こっていたのか、一端を覗き見ることが出来る。 本書を読んでみて「国家権力の怖さ」を改めて感じる。それは刑事被告人となった著者が感じるような、「裁かれる者」としての怖さもさることながら、国家権力を司る組織と人間の裏側を垣間見たせいでもある。 それにしても著者をして、ここまで書かせた背景は一体何なのだろうかと改めて思うが、それは本書を読んでみて読者各自が各々感じる処があるのではないかと思う。
59 人中、52人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
元特捜検事が描く、バブル経済、裏経済と表経済の交錯、国家権力中枢,
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レビュー対象商品: 反転―闇社会の守護神と呼ばれて (単行本)
本書の構成は、前後半の二部に大別できる。長崎県の離島・隠れキリシタンの存在した平戸の貧しい漁民の家に生を受け、義務教育終了後、家業の半農半漁を継ぐことを義務付けられていた少年が、些細な偶然の積み重ねを手掛かりとして、司法試験を突破し、更に難関の大阪地検特捜部検事、東京地検特捜部検事と進み、行政官庁としての法務省・検察庁との衝突を描く前半部分。 更に、弁護士開業後、バブル経済の時代に関西を中心とする闇経済の紳士との交わり。そして、検察中枢との対決により自身が被告の身となる後半部分。 バブル経済の渦中に身を置いた著者の、淡々した記述に真実が覗かれる。著者の田中森一が、検察庁中枢の指揮により逮捕起訴と進む直接の容疑となる許永中事件については、更なる時間の経過が必要かもしれない。 現在に続く日本の社会成分分析としても貴重な一冊である。宮崎学、佐藤優のデビュー作を凌ぐ。 実名で登場する皆さん 許永中、安倍晋太郎、竹下登、山口敏夫、末野謙一、山口組五代目渡辺芳則、山口組若頭宅見勝、「光進」代表小谷光浩 実名で登場する団体 平和相互銀行、住友銀行、イトマン、三菱重工、文部省、法務省、検察庁
13 人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 2.0
週刊誌的な面白さは認めるが、著者の処世術には共感できない,
By 柴風 (青森県) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 反転―闇社会の守護神と呼ばれて (単行本)
自分は俗事に疎いので、著者のことはよく判らなかったし最初はあまり興味も無かったのだが、あの、佐藤優、突破者の宮崎学、元日本共産党幹部筆坂秀世、らと対談本を持っているということで、事前学習の意味も含めて本書を購入してみた。確かに、週刊誌的/三面記事的な面白さには満ちている。世間を騒がせた大物たちの実像に触れることが出来る。新聞報道の裏の隠された事実に触れることが出来る。暴露物のノンフィクションとしては、非常に良く出来た読み物とはおもう。 しかし、「エース検事」と呼ばれたほどの人物が、何故、いわゆる「人権派」「左翼系」の「ヤメ検」弁護士とはならずに、裏社会の守護神的なポジションについてしまったのか、いまひとつよく理解できない。 結局のところ、警察、検察、政治家、裏社会の悪人たちは、同じ穴のムジナだ、という思いが強くなっただけで、著者が、佐藤優などと同列の、「国策操作」の犠牲者などとは到底思えない。 彼には、ギリギリのところの自己否定が無い。あれだけ裏社会の大物たちとの付き合いがあったにもかかわらず、一個の個人としての理念というか、放棄の構造というか、そういったものに欠けている。漂流している丸太棒のようなもの。 要は本書も、裁判を見越した「自己弁護/正当化」の本としか受け取れないのだ。 もっともっと自分を切り刻まなければならないのではないか? 暴かなければならない裏の真実というものがあるのではないのか? 少なくとも、わたしの中では、最初に並べた三人の言論人とは異質の人にしか思えなかった。
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