“疑惑の総合商社”、“外務省のラスプーチン”と呼ばれ、世間から総バッシングを受け、2002年にそれぞれ収賄、背任の容疑で逮捕、現在も法廷闘争中である鈴木宗男と佐藤優のふたりが、自分たちは何故失敗に陥ってしまったのかを語る。と言っても、犯した罪を懺悔する訳ではなく、そもそも逮捕、起訴されるような事実はなく、すべては国策捜査によってでっち上げられたモノとして、影で画策した者、強いてはスケープゴードに仕立て上げられてしまったその背景について、自らの自戒と反省も込めて、赤裸々に告白する。モチロン、当事者側からの一方的な主張であり、真実としての信憑性は読者に委ねられる処であろうが、佐藤の「国家の罠」や「国家と神とマルクス」を読み、その的確な分析力とバランスの取れた見識の高さ、そして敬虔なクリスチャンとしての誠実さを感じた者からすると、語られている事に恐らく嘘はないなと思える。今書に登場する外務官僚のトップたちの余りに情けなく見苦しい行状ぶりに呆れつつ、巻末に紹介されている彼らの顔写真を眺めながら、この人が、オムツ・プレー、この人がアルマジロ、この人が、、、と見比べてみるのも一興(笑)。今はなき反権力スキャンダル雑誌「噂の真相」を思い出しつつ、この刺激的な暴露本が、左派やリベラル陣営からでなく、国家権力の中枢部から噴出したモノである事が面白い。ただ、読み続けながら頭にあったのは、検察のフレームアップ、捏造や高級官僚の自己保身など、毎度お馴染みの出来事であって、司法、行政の腐敗、病根について、さほど怒りを感じなくなってしまっている処。もはや、こちらも感覚が麻痺しているのかな。国民のひとりとして、これは問題、おおいに反省。