『日中はいやでも共存しなければならない。「仲良くする必要はない。喧嘩だけはさけようよ。」という思いから筆を執った』という著者の気持ちが良く伝わる一冊だ。残念なのは、その思いのあまり、著者が言っているように『できるだけ双方の主張を紹介しながら、客観的に論を進めたつもり‥』になっていることだ。『日本の現状を顧みれば、一方的に中国を糾弾できるほど成熟した社会ではない。』という著者は、さすがに中国が専門だけあって儒教や古典の知識も豊富であり、君子の如き鷹揚さだ。しかし、成熟した社会ではないのは中国も同様ではないのか?なぜ、中国が一方的に日本を糾弾するのは是とするのか?‥など君子とは程遠い匹夫の私としては疑問が残る。外務省のチャイナスクールと同様、学問の世界でも中国を研究する者はどうしても中国寄りの立場に立たざるを得ないのだろうか。それとも著者は共産党を批判して中国を追われたので、深く反省した結果なのだろうか。特に本文最後の結びの部分は、「日本」と「中国」を入れ替えて読んでみると、これからの中国の行き方に対しての興味深い示唆となっていることがわかる。日本と中国、お互いの対等な努力こそが、健全な国交を樹立してゆく上で必要だということを、著者はこのような高度な手法を取って読者に訴えているのだとしたら、実に見事な著作といえよう。そう思ってほかの部分も同様にして読み返してみたら、なまじなミステリーより面白いことになった。