一言で言うなら、この本は、著者が深く関わってきた現代中国の進歩的な若者たちを好意的に解釈して、その意見をまとめたものだ。
著者は日本人だから、我々同様の疑問や切り口でそれを解説してみせる。
例えば、反日暴動とは何だったのか?
反日の原因、本音は何か?
日本人としてそれを、どう解釈して、対応すべきなのか?
そして、中国の「普通の庶民」の生活と暮らしはどうなっているのか、などなど。
多くの中国に関する本が溢れている。
その中で、本書は中国に入り込み多くの若者たちと接してまとめ上げた本であり、堅実で地に足が着いた観察がなされ、飛躍が無く、説得力がある。
良書だと思う。
著者の主張の中心は、共産党政府と民間が別物であり、中国を考える場合、その違いを理解しておかなければいけないと言う点だ。
民間は、党にべったりではない。
反日も党の主導ではなく、民間から沸き起こった運動だった。
この場合の民間は、逆に党を引っ張るような強硬な突出部分でもある。
前衛、フロントですな。
では、その民間とは何で、何故、そうした突出が現れるのか?
これこそがもっとも重要なテーマだろう。
それは愛国教育だけが生み出したものではないと言う。
では何か?
中国共産党は、帝国主義の支配に苦しむ人民を解放した救世主だった。
それが党のレゾンデートルだった。
しかし、帝国主義支配を脱して、敵が居なくなってから、混乱が起こる。
内部に敵を見出した文化革命、それを経て、今度は経済的な躍進。
躍進政策は大成功を収め、今や中国は世界の一流国にまで成り上がった。
原水爆を持ち、有人宇宙衛星を打ち上げ、大軍拡で今やアメリカに追いつこうかという勢いだ。
歴史に残る盛大なオリンピックを成し遂げ、世界中が不況で苦しんでいる中で、中国だけはいち早く脱して、世界の救世主にさえ擬せられる。
政治、経済、文化で今や中国は文句無く世界の一流国だ。
と言うのが大方の中国人の意識だろう。
それは、まさに共産党政権の指導で実現したものだ。
党には多くの問題が有り、不満が山積みだが、しかし、絶対的な信頼が生まれている。
そして、党による大宣伝で、中華意識は最大限鼓舞され、プライドははちれんばかりだ。胸を張る高揚感、それこそは13億の民が一致して共有できる意識だろう。
それこそ、現代の中国を読み解く鍵なのだ。
今の中国の若者たちはそうした大躍進、大成功、一流国へ変身する過程の中で育っている。高揚感とプライド、それに反して現実の貧しさ。その矛盾。
こんなに一流で優れた国なのにまともに扱われない、と言う被害者意識に転化する。
もはや、愛国教育などしてもらわなくても、腹の底まで、夜郎自大、中華意識が根付いている。プライドではち切れそうになっている。中国は偉大だ、世界の盟主だ、アメリカだってそのうち追い抜いてやる。
そんな意識の中で、オリンピックの聖火が、中国の成功を嫉妬する海外の連中によって邪魔される、党は弱腰で頼り無い、今こそ自分たちが立ち上がって守らなければ。これが、突出する民間の意識だと著者は解説する。
サッカー試合で反日暴動を起こすのは、偉大な中国をないがしろにして、日本が特権を享受して、不当な勝ちを得ると見られたからだ。
プライドを傷つけられた、それが爆発した。
チベットやウイグルの人権抑圧などは全く知らない。
ただただ、理不尽な扱いを受けて、パンパンに膨らんだプライドが傷ついた。
夜郎自大と被害者意識。
この組み合わせが、キーワードなのだ。
してみると、民間の思考とは夜郎自大な中華思想そのものではないか?
その代表が、まさに怒れる中国人、憤青と呼ばれる連中だろう。
無論、それは少数派だ。
しかし、党はそうした連中によって引きずられることがある。
党は彼らの顔色を見ている。
この肥大したプライドと被害者意識。
これは隣国に住む我々にはまさに恐怖の対象だ。
中国に駐在する日本人がいみじくも語ったように、
「共産党政府がしっかり抑えてくれないと、我々は安心できない」のだろう。
13億の怒れる人民は、半端でなく、何よりも怖い存在だから。
一点だけ最後に。
著者は中国の若者たちと交流してその意見を代弁する。しかし、それは多分に都会の知的な若者たちであり、農村の無学な農民でもないし、農民工と呼ばれる下層の労働者でもない。ましてや、太子党と呼ばれる裕福な特権階層でもない。ほんの一部の、例外的かもしれない部分の意見の代弁だと言うことだ。しかし、現代の中国の若者たちの持つ空気、意識の一旦は描き出してくれていると思う、良書だと思う。