来たるべきジャーナリズム論としては筆者らしい重層的な視点が示されていて、なるほどと感じる部分も多い。しかし、反原発ないし脱原発の言説についてのレビューには大きな違和感を抱いてしまう。
もっとも不可解なのは、「原発労働者のリアリティ」の項で、原発労働者を「反原発運動をものともしない強い自覚の持ち主」と「反原発運動の詳細について与り知らない人」に二分しているところ。なぜ「反原発運動」との関連において類別しなければならないのか、なぜ「原発労働に就かざるを得ない」という立場を捨象しているのか。
浅薄な「反対」「推進」を市民の立場、ジャーナリズムの立場それぞれにおいて超克することは確かに緊急の課題である。それを感じたゆえに筆者が新書という形態を選び、その諸々の制約があってなお、それを論じ、ありうべき立場を提示するのであれば、これはあまりにも粗雑ではないか。