著者は脱原発の原点、象徴とも言える存在で、早くから科学的な立場から危険性を指摘してきました。
日本の原子力がまだ黎明期のころに著者は原子力を推進する企業に勤務していました。専攻は放射線化学です。研究の一環として冷却水や廃棄物の放射能濃度を測定し外部(学会等)に発表したことで、居辛い雰囲気となり、退職して原子力問題を考える社団法人の原子力資料室を作りました。
この本では日本の原子力開発の問題として、思想がない、経験主義、議論や批判がないの三つの欠点を、また、まったく技術の下地がないところに海外から行政主導で導入した技術のための基礎の弱さを説きます。さらにきわめて官僚的で、間違いがあってもそれがそのまま承認されてしまう体質があると言います。例として、もんじゅの事故があります。温度計の鞘を取り付ける部分に応力が集中しないように普通はRを付けます。製造は小さな企業が行いますが、加工技能者には常識なので疑問が出ます。ですが、原子力の規格は特殊なものだからで納得させられてしまったそうです。
物理屋と化学屋の違いを強調している部分がありました。多数派の中の少数派は殊更違いを意識させられるものです。ただし、物性物理や物質科学(材料工学)などは物理とも化学とも言える分野で、それほどの違いはあるだろうか。物理屋は本当に実験を知らないのだろうか。と読んでいて疑問を持ちましたが、他の本を読んで当時原子力に関わった物理出身者は素粒子系の人たちだったことを知り、なるほどと思いました。そういえば、職場の化学系の人が「(物性物理等は別だが)物を扱ったか扱わなかったかの違いを痛感する」と話していたのを思い出しました。
ともあれ、著者が日本の原子力の創生期、黎明期にこの仕事に関わった、その経験は貴重と思います。半減期が2分強の核種の濃度を測るために、冷却水プールからバケツで水を掬い、急いで化学分析を行うなどの体験も興味深く読みました。
ただし、なに分にもページ数の制限から、著者の言いたかったことのすべてが書き尽くせていないのではないかとも感じました。他の著作を併せて読まれることをお勧めします。たとえば、同じ岩波新書の『
プルトニウムの恐怖』も良書です。
著者には数多くの著作があります。著作集の『
高木仁三郎著作集』もあります。全18巻。図書館の多くが所有していると思います。
なお、私はこの本で峠三吉さんの詩集『
詩集 にんげんをかえせ』を知りました。