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最も参考になったカスタマーレビュー
52 人中、48人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
「私は、若者に賭けたいと思います」,
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レビュー対象商品: 原発のコスト――エネルギー転換への視点 (岩波新書) (新書)
本書は『原発のコスト』というタイトルから分かる通り、あくまでもコストについて語った本である。そして、コストだけではない、たくさんの数字が本書にはでてくる。その数字をざっと紹介していこう。・スリーマイル島事故は数日で収束。チェルノブイリ原発事故は二週間で収束して、七ヶ月で石棺封じ込め。福島第一原発は事故から数ヶ月たっても収束のめどたたず。 ・大気への放射性物質の放出は、事故直後数日間は一時間ごとに2000兆ベクレル。四ヶ月過ぎた時点で、一時間ごとに2億ベクレル。中越沖地震の際、柏崎刈羽原発からの放射能漏れが問題になったが、あれは4億ベクレル。 ・福島第一原発事故により非難を強いられている人の数は15万人。 ・東京電力の計算では、福島第一原発の一〜六号機全体の廃炉費用は1兆6839億7000万円。しかし、チェルノブイリ原発事故では2350億ドル(約19兆円)かかっている。 ・電事連はこれまで、運転期間40年、設備利用率80%のモデル計算によって、原子力発電が他の発電方法よりも安いと計算。しかしこの前提は非現実的(またこのモデル計算でも、条件によっては原子力は石炭やLNGより高い)。 ・モデルではなく実績値で発電のコストを計算すると、一キロワット当たり、原子力は10.25円、火力は9.91円、水力は7.19円(※なお原子力については、放射性廃棄物の処分コスト、いわゆるバックエンドコストを含めずともこの数字)。 ・原子力発電所の立地にあたっては、自治体には、環境影響評価の対象になった翌年度から、(建設期間を10年とした場合)運転開始までに449億円が交付される。運転開始後は年間約20億円が交付される。 ・たとえば中国電力上関原発をめぐっては、未着工段階から(1984〜2010年)、人口3550人の上関町に総額45億円の交付金。上関町は室内プールなどを作る(なお、プールの目の前はきれいな海)。上関町の税収は約2億円。そこに原発がらみの歳入が14億円。 ・放射性廃棄物の処分コスト、いわゆるバックエンドコストについては、総合資源エネルギー調査会(経産省の審議会)がこれを18兆8000億円と計算しているが、実際の額はもっと高くなると想定される。 ・18兆8000億円の計算にもとづいて2005年に法律が作られ、再処理用のお金が積み立てられはじめている。国民は既に支払いを開始していることになる。2010年度は再処理用に2445億円。 ・原発をすべて無くした際の発電設備容量は1億8830万キロワット。2010年ピーク時の電力は8月7日の1億5913万キロワット。過去最高は、2007年8月7日の1億7928万キロワット。 ・東京電力管内での2010年ピーク電力は5999万キロワットを記録したが、その年、5900〜5999キロワットを記録した合計の時間は5時間程度。 ・脱原発に要するコストは今後15年間で年平均約2兆円。脱原発による便益(ベネフィット)は今後15年で年平均約2兆6400億円。脱原発の便益は脱原発のコストを上回る。しかも事故コストは計算に含めていない。起こりうる事故コストを避けられることを考えるならその差は限りなく大きくなる。 ・ドイツでは20%近い電力が再生可能エネルギーで供給されているが、電力システム全体が不安定に陥るなどの深刻な問題が生じたことはない。 以上のような数字を語る大島先生の口調は大変冷静である。なぜだろうか? それは大島先生が落ち着いた人柄の人物だからではない。福島第一原発事故の以前から、ずっとこのテーマで研究されてきた研究者だからである。その成果は『再生可能エネルギーの政治経済学』(東洋経済新報社)に収められている。同書は、何という因縁であろうか、2010年3月11日に出版されていた。 大島先生の口調は冷静であるけれども、本書の記述にはダイナミズムがある。話はちょうど半ばで大きな盛り上がりを迎える(p.98)。論じられている対象は大変問題含みのものであるのに、読者はそこである種の劇的な興奮を味わうであろう。これは、いま我々が直面している事故および損害賠償の概要を踏まえた上で原発のコストの話を持ち出すというこの本の構成あるいは舞台装置が見事な成功を収めていることの証拠である。 大島先生はあとがきで、「これまでの歴史上の大きな変革は、常に若者によって先導されました。私は、若者に賭けたいと思います」と述べている。これは決して希望に満ちた言葉ではない。もはや事態は「若者」に「賭け」ねばならないところにまで来ている。 しかし、「彼らに賭けてみたい」と思わせる若者がたくさん現れていることも事実ではないだろうか。いま、原発のない新しい社会を目指して、多くの若者が立ち上がっている。誰かも言っていた、「新しい時代を作るのは老人ではない」、と。 賭けには幸運luckが必要である。日本は大島堅一先生という人物をこの時期に有することができたという幸運に恵まれた。あと必要なのは、闘っていくための勇気pluckだけだと私は言いたい。
13 人中、13人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
未来を拓くコスト論,
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レビュー対象商品: 原発のコスト――エネルギー転換への視点 (岩波新書) (新書)
本書は、3.11以降急速に注目を集める「原発問題」について、「社会的費用論」の観点から書かれた書である。大島氏は、前著『再生可能エネルギーの政治経済学』(東洋経済新報社、2010年)において、原発に対するイデオロギー的な批判や短絡的な再生可能エネルギー礼賛を超え、有価証券報告書を用いた丹念な実証分析によって原発の非経済性を明らかにするとともに再生可能エネルギーの普及のための制度的課題を論じたことで注目された。 そして、3.11以降の福島第一原発におけるシビア・アクシデントの発生により、『再生可能エネルギーの政治経済学』に学界の枠を超えた広い注目が集まった。ただし、このようなシビア・アクシデントを起こさせないということが氏の研究の重要なモチベーションであり、最も避けたかったであろう事態が福島第一原発事故だと推察する。現実はあまりにもアイロニカルだが、事故後の大島氏の活躍は周知の通りであろう。その姿から本当にもう二度とこのような事故は起こしたくないという熱い思いが伝わってくる。 『原発のコスト』は、前著の成果をより分かりやすく整理し、事故の被害からオルタナティブなエネルギー政策の展望までを予備知識なしで理解することができる。評者は、本書を二つの意味で現代社会における必読書だと考えている。ひとつは、これから最も少なく見積もっても数十年のスパンで我々が直面せざるを得ない原発問題の全体像と将来の展望を理解するため。もうひとつは、論理的説明とはかくあるべきということを理解するため。本書には特に難解な理論も数学も用いられることはない。統計と関連制度などのファクトを積み上げることで、原発のコストの大きさを説得的に論じている。 ここで、本書に強い影響を与えている考え方であり、冒頭であえて注記した「社会的費用論」の特徴について述べたい。 社会的費用論とは、単なる会計学上の一手法ではない。経済学における「費用」概念を問い直そうとするものだといってよい。原発にかかるコストとは何か。発電にかかるコストは総コストのごく一部なのではないか。もしそうであれば、考慮されざるコストはどれくらいの大きさなのか。現状はカウントされざるコストが生じるような制度的な問題が存在してはいないか。こういったコストについての真摯な問いは、環境経済学の歴史における重要な理論家であるK.W.カップによってその先鞭がつけられたものである。カップは、真に合理的な社会的合意・意思決定を行うために、社会的費用論が必要不可欠であると認識していた。その意味で本書は、原発およびエネルギー政策の国民的な合意を考えるための重要な参考文献であり、まさに社会的費用論の正統的な研究であるといってよい。 本書の構成を改めて考えると、おおまかに「被害→費用の大きさとその負担→政策の展望」という順となっている。目玉である原発に関わるコストの推計については、第3章「原発は安くない」において主に展開されている。発電自体にかかるコスト、賠償に関わるコスト、バックエンドコストなど、費用の分類とその「負担」の論理についての議論は、原発問題のみならず環境問題全般に有意なものである。他のレビューにおいて費用論自体が全体の中に占める割合が少ないことを指摘するものがある(確かに、原発のコストを「直接的に」論じたのは、第3章のみである)。しかし、そのことが本書の価値を下げる問題だとは思わない。むしろ、環境問題と政策に関わるコストを理解するには、まずなによりも具体的な「被害」を理解する必要がある。本書はその要諦として第1章にて原発の被害について詳述されていることは重要であり、その組み立てに強く共感した。被害論の基礎があってはじめて、コスト論が明らかにされ、あり得べき政策の方向性を議論することができるのである。また本書は、単なる原発批判で止まらず、これからのエネルギー政策を冷静かつ具体的に展望している。その意味でまさに、「未来を拓くコスト論」の書といってよいだろう。 多くのメディアが原発問題を忘却させつつある中、未来を担う大学生を中心とした若者には、是非本書を読んでもらいたい。一読すれば、冷静な語り口の中にも未来を絶望せず、未来を担う若者への熱いメッセージを込められていることに気付くだろう。研究を進める際のモチベーションがいかに大切であるかも、本書は教えてくれる。 全般的に褒めすぎだと思われるかもしれないが、それくらいよい本だと正直に思う。注文をつけるとすれば、もう少し国際的な視点からの原発政策(プラント輸出を含む)や、各国の原発・エネルギー政策の変化、クリーン開発メカニズムなど気候政策との関わりについても議論を展開してもらいたかった。ただし、これらの点は本書を受けて我々が取り組むべき研究課題といった方が正確だろう。 大学教育に携わるものとして、本書の成果を多くの若者と共有していきたいと考えている。
14 人中、13人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
原発と原発事故との社会的経済的コストの全容を知るために,
By 安冨歩 (東京都) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 原発のコスト――エネルギー転換への視点 (岩波新書) (新書)
大島堅一氏は、原発の実際のコスト計算を緻密に行う研究によって、それが「安い」という幻想を打ち破ったことで知られている。それゆえ、タイトルが「原発のコスト」となっている。本書は、そのコスト論の背景となる事情を、平易に説明するものである。「注をつけず、大学入学したての一年生が読んでも理解できるように努力しました」と、著者自身が<あとがき>で述べている。その観点からすれば、バランスよく議論が構成されており、これを読むだけで原発と原発事故との社会的・経済的コストの全体像を見ることのできる好著である。私個人としては、被害補償の仕組みを論じる第2章が、わかりやすくて大変参考になった。その一方で、大島氏の名を知らしめたコスト論についての議論が第3章に限定されているので、原発問題について既に知識を持ち、著者のコスト論の詳細を知ろうとする読者にとっては、肩透かしを受けた印象を抱くことになる。そういう読者は、大島氏の別の本を読むべきであるが、それらは専門書なので、敷居と値段とが高い。それに、『原発のコスト』というタイトルであれば、「コストとはなにか」という観点から入って、原発のコスト隠蔽手法と、それを著者が公開文書を用いてどのように打ち破っていったか、というスリリングな発見的過程を読みたかったと思う。高木仁三郎氏との対話とか、近藤原子力委員会委員長の「池乃めだか」流の「今日はこのくらいにしといたるわ」的な捨て台詞とか、審議会の東大話法による欺瞞的運営の実相とか、そういうエピソードも知りたい。 そういうわけで、著者にはこういう方向の新書をもう一冊、書いていただきたいと思った。
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