本書のベースとなったのは著者のストラスブール大での学位論文(1965)であり、査読者(E.トロクメ?)から護教的ではないとして、取り下げをうながされたという逸話さえあります。(取り下げをうながした人物が最終的には最高点をつけました)。このように当時としては衝撃的な論文でした。これを邦語として大幅に書き改め、当時の様式史・編集史的研究の成果と限界を踏まえながら、福音書という文学類型を創出するに至った最初の福音書記者マルコの思想と著作編集意図を、マルコが拠って立つガリラヤの歴史的精神的風土=歴史的場への斬り込みを突破口にして、抽出することに見事に成功しています。ただし、本書が巻き起こした賛否両論はもとより、その後の正文批判の伸展と正文批判の護教的立場による揺り戻しもあります。刊行から40年近く経った現在、著者としても修正したい部分が多々あるとは思われますが、まずは本書が当時少壮の邦人によって達成された驚くべき業績であったことを了解したうえで、読者は対峙すべきでしょう。学術書とは思えないほど平明でありながら精緻であり、著者の特色が既に遺憾なく発揮されています。補論として著者の師であったE.トロクメの仮説「マルコ福音書は13章で完結しており、受難、復活記事は別の編集者によって附加されたもの」がまとめて検討されています。(結論として、当時の著者はトロクメ仮説に否定的。また顕現記事を含んでいなかったことは、今日確定されています)。護教に大きく傾斜してはいますが、トロクメの『使徒行伝と歴史』、『聖パウロ』を併せて読むと、初期カトリシズム形成までの原始キリスト教内部の複雑さと緊張関係が読み取れて面白いと思います。なお、本書は1969年度日本宗教学会賞受賞作です。