19歳を過ぎた頃から山林修行を始めた空海は、24歳(789年)で儒教・道教・仏教の思想比較を論じる『聾瞽指帰』(後に序文等を加筆して『三教指帰』と改題)を著し、真実の教えが仏教にあることを示す。さらに、『三教指帰』の序文には、空海が室戸岬の御厨人窟で修行をしているとき、口に明星が飛び込んできたと記されている。一方、空海40歳の時(813年)、嵯峨天皇は当時の仏教各宗(南都六宗・天台宗・真言宗の8宗)を清涼殿へ招いて論議させた。南都六宗は三劫成仏を説いたのに対して、空海は即身成仏を説き、自ら身・口・意の三密加持によって、即身成仏の姿を示した。
本書は『即身成仏義』というタイトル通り、即身成仏の文証を示し、それらを敷衍する論理を展開するに留まる。明星とは何か? 清涼殿で示した即身成仏とは何か? 真言宗中興の祖である覚鑁は空海の境涯に到達したのか? なぜ阿字観や月輪観の伝法書を作成しなかったのか?
私も在家で真言密教の修行を続けていたので、こうした疑問が頭から離れなかった。その結果、釈尊に戻り、上座仏教を学び、再び、小乗、大乗と学び直す過程で、空海に関する上記疑問を解決するヒントを見つけた。その確認作業が終われば、どこかで公開したい。