この本の主役---表面上の---はお金である...と言ってしまうと言い過ぎなのだが、著者は「実際のところ、本書は、絵画を売ることについて書いた本だ」と言っている。しかし、絵を投資の対象として扱う立場から書かれた本というわけではない。何かそれよりも深いもの、について語られている。
世間の多くの人は、有名な美術品が高額で取引されるのを知ってはいても、「美術」というものを世間的な俗っぽさから切り離して「ちょっと高貴なもの」と感じているのではないだろうか。そして、美術を愛する人の中には、その価値を金銭的な面から眺めることを好まない人も多かろう。一方で、美術にはさして興味はないがお金については大いに興味がある、という人も当然多い。
本書は、それらさまざまな人々の意識の裏にある見えない重心のようなポイントを扱っている本だ。
印象派は登場した当初、現在の現代美術が一部の(多くの)人に「わけがわからない」と言われる以上の違和感、それどころか強い敵意を持って迎えられたのに、現在は富とセンスの象徴となっている。その過程、つまり「世界征服」の過程が美術、美術品市場、歴史、文化、そして人間を学び、知り、観察する著者によって描かれている。個別の作品や印象派絵画の特徴に関する記述は必要最小限で、あくまでも美術品を取り巻く社会、世界、人間がテーマだ。美術品ビジネスに携わり、さらに小説も書いている著者の実力か、あくまでも「お勉強」ではなく「楽しみ」で読める。
美術という枠が最初に設定されると読者層が絞られてしまうと思うのだが、それは惜しい。歴史の偶然や国による文化、気質の違いが語られ、行動経済学的な人間心理がかいま見え、画商やオークション会社の人々の姿が描かれ、怪しげな人々の存在が示され、終わり近くには日本のバブルも登場する。広告業界のような視点からは、きわめて長期間維持されて大成功したイメージ戦略とも言えるのだろうか、などとも思った。
自分は美術に関する知識は少ないが楽しんで読めたし、当然ながら楽しみ以外に得られた知識も大きい。美術になじみのある人ならば、さらに深い手応えを感じるだろう。
冒頭のシーンで「美術品の価値を決めているものはなにか?」という疑問(ありふれた疑問ではあるけれど)を持つ読者は多いと思うが、それに対する答はかなりこの本に書かれている。が、最初の疑問よりも大きくて深い、漠然とした問いが読後に残り、もう1冊、美術品の「価値」について掘り下げた本が読みたくなった。
星は、「印象派」というキーワードに反応する人々以外にも広く読んでほしいという応援の意味で1つオマケしている。