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15 人中、13人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
占領期の改革・政治の、戦前・戦中との連続性,
By 烟霞 (東京都) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 占領と改革―シリーズ日本近現代史〈7〉 (岩波新書) (新書)
昭和史を見るとき、1945年8月15日前後で大きな断絶があり、戦後日本の体制構築は占領軍の改革によるところが大きいと思いがちである。これに対し、本書は、占領よりも戦前・戦中との連続性を重視して戦後直後の諸改革や政党政治をとらえようとしている。本書は、戦前戦中に総力戦体制を支えた「国防国家主義+社会国民主義」とこれに反対する「自由主義+反動派」の対立の構図が、戦後も引き続き「協同主義」対「自由主義」の形で継続したことを示す。前者の考え方は、GHQ民政局を主導したニューディーラーたちと近く、占領期にGHQの下で行われた多くの改革も、総力戦体制の流れの中でいずれ実現しえたとしたとする。この「協同主義」対「自由主義」の対立化の構図は、その後、共産主義封じ込めという米国の冷戦戦略に規定される国際体制の影響下で、55年体制、つまり保守(改憲・安保支持)対革新(護憲・安保反対)の構図に変質し、協同主義は封印され保守長期政権に内包されていったとする。 このように本書は、日本の戦後直後の占領期の政治や諸改革を、それ以前の戦前・戦中、それ以後の55年体制と連続するものとしてとらえており、昭和全体を通じた歴史の理解に大いに役立つように思う。 本書の意義はそれだけでないだろう。現在でも米国がイラクで行っているような占領と改革を正当化する実例として日本が使われるが、「占領と改革による日本の成功」という「無条件降伏のサクセスストーリー」の語り方は連合国が作り上げたもので、無条件では成り立たなったことを示した点で、本書は現在的な意義も有している。また、日本自身に関しても、冷戦終結後の日本における「自由主義」の対立軸としての「協同主義」の可能性を本書が指し示しているように思われる。
15 人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
総力戦体制に戦後改革の原点を探る,
By テキーラサンライズ (hyogo) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 占領と改革―シリーズ日本近現代史〈7〉 (岩波新書) (新書)
歴史や過去について[if]をもちだし、現実とは異なったであろう過程を推理して歴史の可能性を探求することはつきものである。著者はまず、敗戦後の日本において、アメリカの占領政策がなければ現在のような自由や権利が保障された民主的な日本になりえなかったという一種の「自虐史観」を、アメリカが都合よく意図的につくりあげた「無条件降伏のサクセスストーリー」とよんで不快だと言い批判している。このサクセスストーリーが冷戦後のアメリカの覇権を正当化する材料に使われてしまうのであると。よって、たとえアメリカが直接に占領政策を実施しなくても、日本人が自力で似たような戦後改革を成しえたのではないかという[if]の可能性を探る歴史的思考を提唱して、戦争末期の総力戦と戦後体制に説得力のあるつながりを見出している。戦時中の政治家は、決して右翼的国粋的な一枚岩ではなく、「国防国家派」「社会国民主義派」「自由主義派」「反動派」の四つの体制が存在していた。そして総力戦体制により、社会の平等化、近代化が進んだが、その流れを批判していた自由主義派が、東条が首相を辞任した後に力をもち、敗戦後も主流派になる。また、実は戦後改革の大きな柱であった女性参政権、農地改革、労働者の地位向上といった協同主義的なものもこの総力戦に構想があって、起源としてさかのぼれる。軍国主義教育も、満州事変より強化されたのであり、戦後は占領軍の改革によらずとも、以前の平常時に復帰したのではないかという。このように占領軍による改革、または戦前、戦後という断絶した枠を使わなくても、戦時中から戦後改革につながる源流をみてとれるというわけである。 ただ、昭和天皇がいわゆる「人間宣言」においてもちだした五箇条のご誓文は、現御神ではなかった明治天皇や大正天皇像に帰するためというよりか、低下していた自らの権威を再び世に示し地位を正当化するためだと思われる。 著者の論を進めてみるといくつか疑問が浮かび上がる。それは、占領軍が行った武装解除と公職追放がなくても、自発的に敗戦の責任を負う者がどれほど現れたのか、占領軍の権威がなくてもスムーズに政治家が社会を改革できたのか、国民はどの程度改革の支持にまわったのかといったという疑問。それは自ら戦争をどう総括するのかにつながるものである。しかし著者の主張するように、「日本の専制・封建主義」対「アメリカの自由主義」という従来の枠からの脱却は確かに必要であると思った。そしてそれは、日本国憲法、五十五年体制、冷戦後の日本の政治に対して複数の角度から迫れる視点を与えてくれるものでもあると思う。
17 人中、13人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
歴史の語りを通じて現代的問題に切り込もうとする姿勢は素晴らしいのだけど・・・,
By
レビュー対象商品: 占領と改革―シリーズ日本近現代史〈7〉 (岩波新書) (新書)
戦後改革には、米国の占領改革以前に、戦前戦時の総力戦体制中にこそ改革の契機があった。米国による改革をサクセスストーリーとして語る既存の占領史研究を相対化するためには、総力戦体制下での敗戦による変革と、占領による改革とを区別する必要がある。そのような問題意識から描き出される本書は、総力戦体制論を引き継ぎ、戦時・戦後の連続性を強調するものである。だが、「占領がなくても戦後改革は行われた」という、占領改革ではなく総力戦体制下の改革こそが重要であったいう二項対立的な語りには若干疑問を禁じえない。確かにGHQ改革が存在しなかったとしても、戦前戦時に芽吹いた改革志向は何らかの形で結実することになったであろう。だが、戦後に噴出する組合運動や女性運動の盛り上がりの起源が戦時に求められるとしても、例えばGHQによる内務省の解体と言論の自由の保障がなかったならばそれらの運動は相当に制約を受けたものとなっただろう。結果、権力とのせめぎ合いの中で、運動の成果はかなり妥協を強いられたものとなったかもしれない。戦時の改革に起源があるのはもちろんだが、それでもGHQ改革の意義を否定することはできないのではないだろうか。戦時に出現した改革の原点が、GHQ改革によって促進された面は否定できないように思われる。 また、著者は、戦争の結果に対して天皇に責任を取らせなかったことにも、「無条件降伏モデル」のもたらす自立した単位のあり方の根本的な否定があるとし、吉田裕『昭和天皇の終戦史』を引用しつつ、天皇やその側近には戦争責任をとる意思があったにも拘らず、米国によって阻止され、主体的に責任を果たすことができなかったのだという。著者は「天皇自身やリーダーたちの見解は、責任を取る主体的条件が十分存在していたことを示している」というのである。 だが、吉田の研究の示すものは必ずしもそうではないはずだ。近衛や木戸、そして宮家からは天皇退位論が噴出する一方で、当の天皇自身や側近、その他の重臣達には退位の意思は毛頭なかった。吉田の研究は、天皇とその周辺が退位を阻止するためにいかに蠢動したかを明らかにするものであった。ことは米国だけの責任ではないように思う。 本書は、刺激的な主張を多々行っている野心的な研究といえるが、本書の提示する歴史像を確立するためにはまだまだ検討の余地があるだろう。本書をあくまでも叩き台として、その他多くの研究とつき合わせることで「戦後」の起源を考えたい。
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