本書の主旨は、博覧会という場は中立的な場所ではなく、非常に「政治」的な場所であり、権力装置ともいうべき場である、ということである。そこではフーコーが述べるような微視的な権力の作用が働いているのである。
そのことを示すために、序章と終章をのぞく各章では、「近代的なまなざし(自己をまなざす主体とし、まなざされる世界を細かく分類し序列化する視線)」がいかに人々の日常生活にいかに浸透していったのかを、帝国主義、消費社会、大衆娯楽という3つの観点から博覧会の歴史を分析することにより明らかにする。
最終章では、博覧会という「政治」的な場をより詳しく分析する。筆者によれば、それは「視覚を特権化し、このまなざし(近代的なまなざし)のみを徹底的に動員しようとするスペクタクルの空間」である、と結論づける。
本書は非常にわかりやすく書かれており、博覧会のみならずデパート、オリンピック、博物館などが決して中立的な場ではなく、「政治」的な場であることがよくわかる。また、フーコーの権力概念をうまく応用しており、社会学的な分析としても一読の価値があるように思われる。