福岡よりも、全国的には「博多」の方が通りがいい街である。その「博多」の成り立ちから現在までをコンパクトにまとめた内容となっていて、意外にも、地元民すら知らないトリビアものが満載の一冊だった。
なんといっても、この街の特徴は朝鮮半島に近く、大陸にも近いという地理上の影響を多々受けていることである。金印が発見された志賀島(しかのしま)、白村江の戦いで負けた亡命百済人が建設した水城の堤防に大野城、モンゴルによる二度の侵略によって築かれた元寇防塁がいまだに残っていることに、外交の歴史を知ることができる。
現在、多くの日本人は朝鮮半島や中国大陸での侵略戦争を懺悔するが、それはほんの一世紀にも満たない短い間のことで、長い長い歴史のなかで侵略を受けた歴史的遺物が博多には多々残っている。それらを確認してから議論してはいかがだろうか。
江戸時代、一応、鎖国だったが、博多の商人たちは朝鮮王朝との貿易で潤っていた。筑前福岡藩の御用商人の一人である伊藤小左衛門は朝鮮王朝との密貿易を密告され、処刑されたが、その密告は福岡の柳川藩である。この柳川藩とて豊臣秀吉が朝鮮を経由して明に攻め込む以前から朝鮮王朝との貿易で潤っており、いわゆる、利権争いから発展した事件だった。
博多商人は環境の変化に機敏に対応するが、幕末維新の際にも福岡藩の加藤司書、長州藩の高杉晋作、薩摩藩の西郷隆盛との密約の場を提供したのが海運業の石蔵屋であったが、いち早く時代の変化を読むことに長けているのは地理的環境が生み出したもの。
現在、博多港と韓国の釜山港とをジェットフォイルが3時間で結んでいる。
その昔は海底トンネルを掘るだの、橋を架けるという話があったが、それらが完成すれば日本と朝鮮半島、大陸とのターミナルとして更にアジアとの交流が盛んになることだろう。
成田空港、羽田空港の拡張が追いつかないというが、博多港というもう一つのインフラ整備を考えてもいいのでは。
尚、本書の中でおもしろかったのは、日本企業が好きな社訓のルーツが博多の商家にあったということだろうか。