非常に斬新明快な論理の展開とリズム感が気に入った。語ることなどできない超人と思っていた熊楠が、非常に近親感の持てる、生きて苦悩する思想家としてしての一面を理解することができた。
主題の「事の学」についての解説は、図説の解説により非常に理解しやすくなっている。つまるところ「事の学」とは、主体と客体に分離して観察研究を行う近代自然科学とはまったく別の手法で、積極的に主体(自己)と客体(観察対象)の関わりを分析し、最終的には主体と客体の完全なる一致(悟り)を目指す学問のようだ。
本書は熊楠と真言密教僧の土宜法龍の往復書簡と日記を主な出典としている。そして熊楠は真言密教の大日如来の教え、金剛界と胎蔵界からなる両部曼荼羅の世界を理解し一種の悟りの境地に達したと仮定している。
そして熊楠にとって、森の中で出会う粘菌やキノコ(菌類)や全ての生物が、曼荼羅に現れる無数の如来そのものであり、記録し保存しなければならない大切な生命の輝きであった。ゆえに熊楠の生物研究の記録は、主体と客体に分かれて研究する近代自然科学の手法から逸脱しており、芸術作品の部類に位置づけられると結論付けている。
また、金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅を図説した南方曼荼羅を、整理した図説と解説はわかり易く、南方曼荼羅を理解した気分になってしまう。しかしそれは表面上ことであり、その本当の深さを知るには実体験が必要になるのだろう。
若い研究者の明快な論理の展開は非常に新鮮であった。本書の執筆後に熊楠から土宜に宛てた38通もの書簡が発見されたようなので、その書簡をも分析した続編の執筆を期待したい。
なお、前後してアーヴィン・ラズロの『カオス・ポイント』を読んだ。最近流行の観がある、先端科学のホーリズム(全一性理論)から、地球的な危機的状況の克服の筋道を示したものだ。
面白いのは、ホリスティック心理学の解説のなかで、臨死体験や超越心理に言及するのだが、熊楠が経験した神秘的体験への言及と非常に類似するのである。また、生物学での「創発揮特性」やコヒーレンス(一貫性)に見る全一性というのも、熊楠の主体と客体の完全なる一致を目指す生物への研究姿勢と非常に重なってくる。ついに近代西洋科学が、熊楠が目指した科学の方向に舵を切ったと読めなくもない。