南京事件(1937)の研究書を2007年の夏に数冊読んだが、その中で論争史と史実の双方に目配りしている一冊。最初に読むのはこの本で良いと思うし、深入りするつもりもなければ、これだけで充分だろう。いわゆる虐殺数に関する問題よりも、なぜこの事件が起きてしまったのかという秦氏の解析が重要だろう。いわゆる「まぼろし」派の東中野修道氏の著書(「再現・南京戦」)と限りなく中間派に近い虐殺派の笠原十九司氏の「南京事件」)と併読したのだが、秦氏は東中野氏のように恣意的な「こうあって欲しい」的な陣中日記や師団命令の解釈を取らず、普通に一般人がこれらの資料を読んでも違和感のないような解釈をしているといえるだろう。笠原著のような南京城より離れたところの敗残兵狩りについては記述が少ない。
この事件は、まず第一に準備不足、第二に中島今朝吾中将を初めとする師団長レベルの軍紀の低さ、第三に、十二月十七日の入城式というあらかじめのスケジュールを決められたことによる急を要した掃討戦と捕虜処刑という余裕の無さ、第四に秦氏が指摘するような戦場心理で、普通の兵隊さんが時に悪魔のような狼藉者になるという要素が重なって起きた事件だろう。現在のイラク戦争でも米国兵がテロリストの掃討と称して、ローラー作戦で民間人を虐殺した例もあると聞くが、七十年前ではもっと国際法の遵守に対する考え方はいい加減だったはずで、戦死者を除外した虐殺数で計四万人とする秦氏の意見は素直に聞いておくべきものがある。(いわゆる二十万とか三十万とかいう数字は南京攻略戦すべての軍人、捕虜、民間人を含めた数字だとすれば納得できる。これらを明確に区別するのは仲々難しいだろう)
数字の問題を別にすれば、笠原、秦はさほど違いがないのではないかという印象を受けるが、いわゆるまぼろし派の面々とは二人は相容れないであろう。論争に参加する人はまずはこの本を熟読し、南京戦の構図を理解しておくべきだと思う。