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西ニューギニアにおける戦争という非日常の中で、日本兵は敵の銃との戦いでなくマラリアと飢えとの戦いで、死んでゆく。彼らの日常は、飢えを凌ぎ、病と闘い、ただただ生き延びる事だけであった。彼らは、「百年戦争」を戦っていると考えていた。いつ終わるともない戦地生活。いずれ皆死んでいくに決まっていると誰もが思っていた。
そんな中で、著者たちが中心になって毎日毎日芝居をやることになった。この芝居が兵士たちにとって、生きるためのカレンダーとなり、全支隊の呼吸のペースメーカーとなったという。各部隊が、順番に観劇するのである。普通だったらすぐ死んでしまう兵隊が、ひと目芝居を観てからと、生き延び、観劇後、すぐに昇天した例もあったという。
有名な雪のシーンは感動的である。泣けた。望郷の念にかられた兵士達の涙が、本当にリアルに感じた。
多くの兵が死んだが、この芝居を観て生き延びた7000人が戦後日本に復員した。著者も戦後全国で彼らとの感動の出会いがあった。このような人々が、戦友の死という十字架を背負い、懸命に働き戦後日本の復興を成し遂げた。昭和は遠くになりにけり。亡き父の面影も追いながら、供養の気持ちで読んだ。やさしい文章で、偽りがない。家族でこの夏、読むのもよいだろう。
運命のいたずらで加東の部隊はアメリカ軍の総攻撃から免れる。戦意高揚、いや、生きる意欲高揚のために加東たちは芸を持った人たちを集め、「マクノワリ歌舞伎座」を創設する。余興ではない。毎日休まず公演を行うりっぱな「部隊」である。数々の感動的な「場面」がある。「生きる」とはどういう事なのか、「生き甲斐」とはなんなのか、そのエッセンスが淡々とした加東の文章の中に隠れている。
さすが、名エッセイスト沢村貞子の弟だけあり、文章は時にユーモラスで、臨場的で、無駄が無く、素晴らしい。隠れた名戦争文学である。この作品は一度東宝で映画化されたそうだが、「生きる」意味を見失っている現代、ぜひもう一度映画化してもらいたい。
余談だが、役者として大活躍した篠原軍曹は
小林よしのりの祖父である。「新ゴーマニズム宣言・
戦争論」にも描かれている。
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