濃いね。ここまで濃いとは驚きでした。映像の色といい、重苦しさといい、若尾文子の洋装の服装のけばけばしさといい、重苦しいほどです。シーンはほとんどが室内で、外のシーンはほとんど登場しません。そして独白をするのが岸田今日子と来ては異様な雰囲気は想像通りですが。原作でも指摘されている、両者の間で交換された手紙のけばけばしい装丁といい、実際見てみないとわからないものもたくさんありますね。「綿貫」という人物のいやらしさはどうも小説の上では実感できませんでしたが、川津祐介によって関西弁で熱演されることによりその実在感がましたようです。私にとってはこれほど関西弁が充満している映画は見たことがありませんが、識者の指摘によるとこれはどこにも存在しない独特の関西弁だそうです。となると谷崎のオリジナルなストーリーが関西弁という特異な媒体を必要としたのか、それとも関西弁という「特異」な世界がこのようなストーリを必要としたのか、興味深い論点を提示します。案外、ただのオリエンタル趣味だったのかも知れません。映画の進行は、原作に忠実にたどられています。時代は1964年の日本に翻案されていますが、必ずしも違和感は与えません。案外昭和39年の東京オリンピックまでは風俗の上では、大阪は戦前それも昭和初期の延長線上の臭いを強く残していたのかもしれません。