■ 【芥川賞受賞 】
著者は、44歳で芥川賞を受賞。その後3年経過した47歳
の時、朝日新聞出版局を退社して作家活動に専念。
■ 【55歳頃の半生記 】
本著書は、作家生活に入ってから凡そ10年経過した
頃、出版社の勧めで「小説家になる迄の半生を」との元
に著されたもの。作者によると、はじめから小説家志願
ではなかったし、そもそもの始まりは、生活費稼ぎの懸
賞募集の応募だと言う。(1992年82歳で没)
■ 【詳細を極める貧乏記 】
確かに、この著書で自らの半生の中身、それは作家生
活に入る前までが本当に詳しく書かれている。そしてそ
れは、天下の三大全国誌の朝日を堂々と退社し、と言う
有様ではないのである。彼は、朝日のエリートではな
い。朝日が九州進出時に、彼自らが版下職人として売り
込んで給仕として雇われたのである。故あってか、貧し
い両親のもと、小学校を卒業しただけで、そこから版下
職人として腕を磨き、結婚して3人の子供を抱え、かつ、
両親と同居し、挙句、33歳の時に稼ぎ主(町の零細事業
主)、かつ、一人っ子であるに拘わらず召集され南方派
遣の召集の赤紙を受けて、軍隊に入り韓国で敗戦を迎
えるのである。「私には、面白い青春があるわけではな
かった。濁った暗い半生だった。」と清張は白い絵本の
章で著わしている。
■ 【幸運の女神は微笑む 】
清張は、半生の記を見る限り、決して要領のいい方でも
無い。軍隊でも南方送りにならずに済んだのは、運とし
か言いようがない。敗戦を韓国南部で迎えたのも幸運だ
ろう。帰国して、朝日の社員でいながら内職のホオキの
仲介が商売と旅行という一石二鳥を彼に与え、生来の
好奇心(多分に、父親の影響か?)を掻き立てている。
誠に、若い時の苦労が、作品に花開いている。