1980年代初頭、浅田彰、中沢新一、四方田犬彦といった当時30代前後の人文科学系の研究者たちが、マスコミを巻き込んで創り出した「ニューアカデミズム」とよばれたブームがありました。この潮流は、「特定の学問や研究領域を超えた思考や研究」を特徴としが、その彼らの多くが、しきりに引用した思想家が「ジル・ドゥルーズ」でした。
14年前に自死したこのフランスの思想家は、哲学史の個人研究というオーソドックスなスタイルからスタートしながら、後に精神医学者のフェリックス・ガタリとの共同研究を始め、一つにして多数の結実を見たのが,「資本主義と分裂症」という副題をもつ1980年刊行の『千のプラトー(高原)』でした。その日本語訳が出版されたのが1994年,それを一部改訳して文庫3巻本として刊行されたうちの上巻がこの本である。序章の「リゾーム」から第6章の「いかに器官なき身体をつくるか」までを扱っています。
この本から受けた印象は,資本主義という社会体制によって,巧妙に組み立てられてゆく管理システムにあらがって,多様な生き方の価値を創造する本になっているということでした。哲学の仕事の中心に,新しい「概念」を創造することを置いていたドゥルーズらしく,この本からは,続々と耳慣れない「概念」が登場します。「リゾーム」「強度」「多様体」「機関なき身体」などなど。そうした新規な「概念」を使うのも,使い古されたもっともらしい旧来の「概念」によって,人間の生が追い詰められ,貧困になってゆくからでしょうか。これは,旧来の学問領域には分類しにくいユニークな著作で、一時の流行が終わったとはいえ、今でもその影響下で、様々な学際研究は続けられています。
今あらためて読み直すと,その慧眼と該博な知識に,いまさらのように驚かされます。翻訳の妙なのでしょうが,誰かに呼びかけるようでありながら,丁寧に解きほぐすような説明の文体に,自らの経験や知見から得られたことが,新しい価値をもって整理し直されて行く実感があります。今この本は,新しい読み手をさがす時代になったと思います。それぞれの分野での創造のために。