十字軍物語シリーズは全3冊のはずなのに、第2巻までで第二次十字軍までしか進まず、第3巻は駆け足になるのかと心配していたが、この待望の第3巻は本文477頁の大作で、第三次〜第八次十字軍と十字軍国家がシリア・パレスティーナ全域からたたき出されるまで、そして「十字軍後遺症」を、それぞれ適度な分量で不足なく描いている。もっとも、他のキリスト教国家を攻めた迷走・第四次十字軍によるコンスタンティノープル攻略は「海の都の物語」に委ねたりしているが。
考えてみれば、十字軍運動の背景となる地政学、そして中世キリスト教とイスラム教の実相は第2巻までで十分に述べられていたので、第3巻はその舞台で交替する主役、そして戦争と平和に次々にライトをあてていけば小気味よく歴史を叙述できる訳だ。
本巻で印象に残るのは第三次十字軍でのリチャード獅子心王のサラディン軍相手の奮戦と講和、第四次十字軍を自身の交易路開拓のインフラ整備に利用したヴェネツィアのインテリジェンス溢れる外交・戦略、戦わなかった第六次十字軍の皇帝フリードリッヒとサラディンの後継者との互いの見識を認めあった、粘り強い交渉、そして「聖王」ルイの戦争遂行力の凡庸さだ。特に我々の尺度を当てはめると理想的な成果を得たフリードリッヒに対する、血でイェルサレムを解放しなかったが故の聖職者たちからの評価の低さとルイの信心深いが故の評価の高さに、原理主義の暗部を見る思いだ。
そして、リチャードとフリードリッヒの遠征・講和の後に共生による平和が実現したことを重く受け止めたい。現在のパレスティーナ問題の解決に多大なヒントを与えてくれるはずだ。
自分が正しいと思うが故に起こる戦争。その現実は昔も今も変わらない。その正しさにお墨付きを与えてしまうのが宗教。現在も宗教故の対立・戦争が絶えないことを考えると、政教分離、特に宗教と武力の分離の必要性を痛感する。