司馬遼太郎さんというと、私の中では、歴史を書く人という認識があった。
私は、井筒俊彦さんを日本の偉人であり、哲学者だと思っていて、その関連からこの本へと巡り会えた。
あとがきで司馬さんご本人が記されているが、『ある日、中央公論社の山形真功氏がやってきて、かような本はいかがでしょう、と生来の慇懃さで言ったのが、この本のはじまり』とのこと。
その山形氏に、「題名はいかが致しましょう」と尋ねられた著者が記すには、
『ふつうは、文中の題から一つをとって本の題にするのだが、この本の各章の題をみると、どれもその章の主題に意固地なほど即しすぎており、本を代表する題としては不適(ふむ)きである。いっそ、「十六の話」ということにした。素朴であかるくて、われながら気に入っているのである。』とあった。
私も司馬さんがつけたこの題名に、共感している。
私が、この十六の話の中でまず読んだのが、アラベスクと、附録の「二十世紀末の闇と光」という、司馬さんと井筒さんの対談だった。何というのか、その文章から何だかよい雰囲気を感じた。お二人は言語というものを通して、どこかつながり合っているようにも思えた。
他の話も興味深く、学べることの多いものだった。