謎の継体天皇の時代に、後の蘇我氏隆盛の基を築いた蘇我稲目について書いた、作者の知識と想像をふんだんに駆使した力作である。
継体天皇が北から南下して、大和に入ろうとする時代、稲目は自己の智謀で、大和の豪族達、そして、継体天皇までもを翻弄する。
己の妻達をも政略の道具とし、他人に貢ぐその姿は、節操がなく、滑稽で、親しみさえ感じる。稲目に対して、口癖のように、どこそこの姫に早く子供を孕ませよ、と命令する父親の蘇我駒も良い味を出している。そして、『首長である父にまず相談し、敵にご自分の妻を売ってはいけませんと』進言する、妙に頑固者である叔父の高田臣。人間臭い蘇我氏がそこにはある。
しかし、小説とはいえ、断定的に書きすぎなのではないか。特に豪族たちの出自が、新しかったり、バラバラなのが気になる。現代と違って、豪族は出自にうるさかったはずである。いくら実力があっても、それは致命的。継体天皇も仲間はずれにされた口なのではないか。
また、前代の武烈天皇に誅されたはずの平群氏が出てくるのも気になるし、こんなに派手に戦争状態にして良いのだろうか?
ところで、題名中の『北風』とは誰なのだろうか?筑紫君磐井が西風と書かれているので、継体天皇を指していると思われる。
しかし、作中にも出てくる堅塩姫(きたしひめ)が何故『かたしお:現在の大和高田市の古地名』姫と呼ばれないのかについての疑問にも思い当たるふしがある。『し』は『風』を意味する。『きたし』とは『北風』とも書ける。後世蘇我氏有力者の首が堅塩漬けにされたので、『かたしお』は忌み言葉となり、わざわざ言い換えるのだとの言う人もあるが・・・。風の森のある葛城は、風神の国でもあった。
堅塩姫は旧王朝の血を継いだ欽明天皇の大后となって蘇我氏の隆盛を決定づける。
北風とは誰なのか、生きておられる内に、是非作者に伺ってみたかった。