1959年12月より始まった在日朝鮮人の「帰国事業」。一体彼らはなぜ北朝鮮へ渡ったのか?そこには、冷戦下の様々なアクターの思惑があった。
経済的負担であり、また治安上の「脅威」として認識されていた在日朝鮮人の一掃を図る日本政府。経済発展の為に労働力を欲し、かつ外交・安全保障戦略の上で日本とのつながりを開き、同時に日韓国交正常化交渉を妨害したい北朝鮮。安保条約を最優先し、岸政権の帰国事業に暗黙の支援を与えた米国。帰国事業を平和共存という潮流の中で推し進めることで世界の中で影響力を確立したいソ連。著者による「帰国の旅の跡」をたどっていく本書によって、読書はまさに冷戦の一側面を目の当たりにすることになる。
P28「個人の人生についてのささやかな物語と、世界政治の壮大な物語とが交錯したとき、いったいどういうことが起こるのか?」
P29「大きな歴史と小さな歴史が交錯し、作用しあう点を発見すれば、その関係を多少なりとも理解するための、人間的洞察が得られるかもしれない。」
P255「共存は別の種類の暴力を覆い隠すこともした・・・。力の均衡を保つために、両サイドの力あるものが陰で手を組み、事実上のパートナーとなって、力のない者の権利を踏みにじった。」
P255「北朝鮮への帰国は、究極的には冷戦の分断線をまたぐ暗黙のパートナーシップによる創作だった。」
特に感銘を受けたのは著者の歴史の叙述の仕方である。国家間の権力政治を描くのみで「人の顔の見えない」単なる国際政治史に陥ることなく、かといって人々の悲劇を具体的に描写するだけで考察を大きな物語の中で展開しない単なるルポに陥るわけでもない。国際政治の激動に飲み込まれ、翻弄される人々の声を汲み取りつつ、冷戦という大きな物語を描き出す著者の叙述には、同じく歴史を専攻するものとして、深く感じ入るものがある。歴史書としてジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』と並ぶ名著だといえよう。