北朝鮮の独裁体制と生活については、戦後のマスメディアでは長くタブー視されてきた。1980年代半ばからようやく北朝鮮の実態が明らかになり、90年代のソビエトの崩壊は、北朝鮮における「金日成神話」形成過程を赤裸々に明らかにした。しかし、著者の運命は、北朝鮮が「地上の楽園」と宣伝された帰国事業のまっただ中で、1961年「日本人妻」として朝鮮人の夫一家と帰国することによって決定されたのである。
この本を手にした読者は、北朝鮮の独裁政治体制の中で、40年間経験してきた異様な貧困生活の全てを、脱北した彼女の口から聞き取ることになるだろう。彼女の語り口は、訥々として、具体的であり、日常生活の一こま一こまを通して、そこに生きる人々の細々のとした感情の襞まで浮かび上がらせてくるものである。そして、やがて読者は、北朝鮮と中国の国境地帯で展開される「脱北者」と「ブローカー」の虚々実々のかけひきの世界に立ち会うことになるだろう。
しかし、「脱北」し、2001年に帰国した彼女を、母国、日本で待ち受けていたものは、いかなる運命だったのか。
日本に帰ってからの彼女の生活の実際に、読者は、また困難な現実を思い知らされることだろう。