この作品は、英語で読み始めたものの、あまりの難しさにうんざりして、結局、日本語で読んだ。ちなみに、私見ながら、英語の難解さで言えば、三大作家は、ジョイス、ミラー、フォークナーであろう(ただ、不思議なことに、三人とも、短編や中編になると、それほど難しくない)。ミラーに関して特に印象に残っていることは、第二次世界大戦末期に、ナチス・ヒットラーを征伐する正義の国として全世界がアメリカに期待していたころ、ミラーがアメリカ人でありながら、『どうして、アメリカが正義で、ナチスが悪と言えるのか。悪という点では、どっちも似たようなものだ』と発言したことである。それでは、ヒットラーにはどう対処すればいいのかという記者の意地悪な質問に対して、ミラーは、平然として、『降伏すればいい』と答えた。ミラーによると、アメリカがなぜ悪かというと、文明国だからだ。文明と正義は両立しない。文明は、より高度の便利さと贅沢さをめざす制度だから、結局は、他人に分け与える道よりも、他人から奪う道に進む。1945年に、文明国は悪だと言いきったミラーの発言は、当時は、気違い扱いされたものの、今のアメリカを見ると、見事に言い当てていることが分かる。こういうミラーの考え方は、この作品にはっきりと表れている。女の子を求める男はいつの時代にも事欠かないだろうが、この作品の男たちは、仮に明日地球が滅びるということが分かっても、女を求めるような連中なのだ。こういう文明社会は滅ぼしたほうがいいんだ、それが出来ないとしたら、せめて、最後の最後まで建設的なことをするのは一切やめよう。こういうミラーの考え方を示す一口話をもう一つ。1936年に、共和党軍に加勢するためにスペイン戦争に向かうジョージ・オーウェルは、パリで、文通相手のミラーに会った。正義を守るために命を賭けてスペインに向かおうとするオーウェルに、ミラーは言った。『見物に行くというのなら分からないでもないが、正義を守るという理由でそんなところに行くなんて、愚か者のやることだ』