「アンドロメダ病原体」や「ジュラシックパーク」でおなじみのマイクル・クライトンの伝奇ロマン小説。
実在したアッバース朝の文官イブン・ファドランの手記「イブン・ファドランの旅行報告書」をもとに、北欧の海洋民族バイキング文化とのエンカウンターを描いた作品です。
追記を含めてせいぜい240ページ程度なのですが、これがすこぶるおもしろい。
10世紀という時代、中東を中心に北アフリカから中央アジアまで進出していたイスラム帝国は西半球をリードする一大文化発信地であり、当時のイスラムはすぐれて科学的な思考様式をもつ先進的な人々でした。その後3世紀にわたって断続的に派遣された十字軍による侵略を契機として、しだいに西洋史の文化的中心地の座から脱落していくのですが、本書で取り上げられている時代はアッバース朝の最盛期から1世紀ほどあととはいえ、まだまだイスラム世界が世界史的に重要な地位を占めていました。
たいして北欧は後進的なヨーロッパのなかでもさらにおくれた未開の蛮地とされており、バグダッドからブルガール王国へ送られた外交官イブン・ファドランがひょんなことから北欧バイキングの一部族に帯同させられ、彼らの領域をおびやかす謎の人食い族ヴェンデルとの死闘を体験することとなった顛末を語ったのが本書「北人伝説」というわけです。
虚実をたくみに交えたこの小説ではどこまでが史実にもとづき、どこからが作者の創作なのかをはっきりさせてはいないのですが、北欧の起伏に富んだ情景や独特の風習を当時のコスモポリタンたるイブン・ファドランの目を借りて織り成した記述は実に細やかかつドラマチックな描写に満ちており、読み手の意識は歴史語りの検証からいつしか著者の幻想的な筆運びに引き込まれていきます。
戦闘民族バイキングのきわめて即物的なものの考え方をはじめは奇異に感じながらも懸命に理解しようとし、また行動によって信頼を勝ち取っていくイブン・ファドランと、カリスマ的頭領ブリウィフに率いられた武骨なバイキング戦士たちの交流はとてもおもしろく、やがて彼らが強い友情で結び付けられていくようすは見事というほかなく、さすがにベストセラーを多数生み出したマイクル・クライトンだけあって、胸がわくわくする冒険小説に仕上げられています。まあ、バイキングが少しプリミティブに書かれすぎてはいるのですが。
バイキングや西洋中世史に興味がある人だけでなく、トールキンの「指輪物語」や漫画「ベルセルク」のような幻想奇譚がお好きな人にも一読をお薦めします。