江戸城無血開城の立役者、勝海舟と西郷隆盛の初めて会ったのは元治元年(1864年)。西郷は明治10年の西南戦争で自害した(51歳)が、勝はその翌々年、西郷の「留魂碑」を独力で建てた。その後も西郷の名誉回復に尽力し、遺児の支援など明治32年、77歳で病没するまで終生その交友は続いた。著者はその軌跡を丹念に辿り、勝の行動の秘密に迫ろうとする。しかし、本書を読み終わってもこの試みが成功しているとは思えない。
著者の作業仮説は、(1)「最初の出会いで西郷は勝に教えられた『共和政治』の同志となった」、(2)「『廟堂大分裂』の際に西郷を『征韓論』に追い込んだとの自責の念が勝にあった」の2つのようだ。
しかし、納得できるような論考とはなっていない。その理由の一つは証拠史料に拘り過ぎていること、もう一つは『征韓論』、『共和政治』や勝の「日清戦争・反対」などの言葉が意味合いが十分検証されずに使われていることにあると思う。この本を読んだら泉下の勝海舟はどんな顔をするだろうか?