大政奉還が採択され、恭順一方の徳川慶喜。
大廈300年の徳川幕府もいよいよ終焉の時を向かえます。
混迷を極める幕閣をよそに、薩長を主体とする【官軍】は
江戸を制圧するため、ひたひたと東海道を南下してきます。
箱根に官軍が到着する前に・・・と官軍側との最期の根回しを
山岡鉄舟を使者に立て、図るわけです。
この当時の幕府で、【日本】というスケールで、しかも今後の
維新後の列強国との関わりをも視野に入れ、幕臣としてのメンタリティ、
つまり徳川宗家を遺してゆく・・・・という
少しの逡巡も掛け違いも許されざる緊張の中に麟太郎はいました。
鴫蛤の争いはやがて漁夫に利をもたらすのみだからです。
右手で、和平工作を計り、左手で江戸城を枕に一戦も辞さない覚悟。
時代の急激な変化に着いてゆけない、誠実な徳川武士も
中には多数いたはずで、それらの人びとの忸怩たる思いに
心涙を絞ることが出来るのも麟太郎自身、小普請組の出自だからかもしれません。
いずれにせよ、理念、ビジョン、そして選択です。
勝麟太郎を田町の蘭学塾の時代に見出し世に出した、大久保一翁。
得がたい同志でした。
2人の赤誠が江戸の無辜を大災から救うことになりました。