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読み終えて、東が言う「文学や思想の!言葉」とはいったい何なのかと考える。世代や住処、つまりは身体レベルでの「体感」の違いが「文学や思想の言葉」には反映している。性や暴力や死をめぐる身体的想像力に支えられて、時代のリアリティに対する認識、つまり「文学や思想の言葉」は紡がれる。その意味でも、「僕は、あと数十年はこの国で生きていかねばならないのだから」、「世界をより良くするため」に、まず正確な状況認識が必要だと言いたいのだ、笠井さんのシニカルでニヒリスティックな議論や回顧譚につきあっているヒマはない(とは書いていないが)、という東の言葉は、ナイーブだけれど心を撃つ。「それぞれ二人が固執している六○年代と八○年代の時代経験の意味を、もう少しきちんと噛み合わせることができたら、この往復書簡も違うよ!!うな展開を辿ったかもしれません」という笠井の言葉に、共感する。
これは、どちらかが身勝手だとかそういう問題ではなく、単に、往復書簡というスタイルを選んだこと自体に限界があると感じた。どれだけ他人の関心を慮ったつもりでいても、手紙である以上、所詮一人相撲で、互いに考えれば考えるほど、話はどんどんすれ違ってく。『網状言論F改』のように、手紙の遣り取りを踏まえて対談でも最後にしてくれれば、少しは実のあるものになった!だろうにと残念に思う。
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