コーエン兄弟が「トゥルー・グリット」を撮らなかったら、おそらく「勇気ある追跡」を再見することはなかったのでは。十代の頃テレビで観て以来、この映画について憶えていたのはエルマー・バーンスタインの勇壮なテーマ曲と、あの〈コルト・ドラグーン〉ぐらいだったから・・・。
父を殺された少女マティ(キム・ダービー)は、鬼保安官ルースター・コグバーン(ジョン・ウェイン)とテキサス・レンジャーのラ・ビーフ(グレン・キャンベル)を助っ人に、父の形見コルト・ドラグーンを手に、仇を追って荒野へと旅立つ・・・。
アル中の凄腕保安官を演じたJ.ウェイン、大人たちを相手に堂々たる駆け引きを演じるキム・ダービーの肝っ玉少女ぶりなど、キャラクターの魅力もさることながら、実はこの映画で注目したいのは、影の主役ともいえる拳銃〈コルト・ドラグーン〉であります。昔観た吹き替え版では、J.ウェインがヒロインに「そんなデカイ銃をぶっ放す時は柵か何かで支えなきゃ、お前みたいなガキの腕はへし折れちまうぞ」みたいなセリフを言ってた気がするのですが・・・(字幕はチト違いましたが)
44口径の大型拳銃の誕生の背景にあったのは、対インディアン戦。馬上から片手で撃てる拳銃に、ライフル並みの殺傷力が求められた事から・・・と聞き及びます。コルト社では「ウォーカー・モデル」というのがまず製作され、その発展形として1848年に登場したのが「コルト・ドラグーン」であります。
ちょっとオタッキーな方向に脱線させて頂くと、「銀河鉄道999」(劇場版)で星野鉄郎がトチローから託される戦士の銃〈コスモ・ドラグーン〉の原型が、この銃なのです。(デザインもソックリ!)鉄郎も又、母を殺した機械伯爵に復讐を誓う少年。〈ドラグーン〉は、時空を超えた復讐者の拳銃なのです。
そしてこの映画では、銃がキャラクターたちのパーソナリティを表す小道具ともなっています。時代は1870年代後半。パーカッション式という、弾の装填にとんでもない手間のかかるドラグーンは、もはや時代遅れ。あの有名な“ピースメイカー”の愛称でおなじみの「コルト・シングルアクション・アーミー」もすでに登場している時代。しかしJ.ウェイン演じるコグバーンは、やはり旧式銃の〈コルト・ネイビー〉を両手に、馬上から悪党を蹴散らした武勇伝を自慢げに語り、マティも、明らかに少女の手に余る、この巨きな〈ドラグーン〉をぶっ放し、反動で吹っ飛びます。
原題の“True Grit”のGritとは、骨のある、とか剛健な、という意味。この映画では「勇気」と訳していますが「真の根性」とか「タフガイ」の方が似つかわしいような気がします。それはコグバーンのみならず主人公の少女の不屈の精神の事も言い表しているのではないでしょうか。また、テキサス・レンジャーのラ・ビーフも、大口径のシャープス・カービンという、バッファローも仕留められる銃で夕食用のターキーを撃って、捌くのに困ってしまうくらい“ズタズタ”にしてしまいます。この辺にラ・ビーフの大雑把な性格が反映されているようです。
原作の小説では、コグバーンとラ・ビーフがトウモロコシパンを投げては撃つ、腕の競い合いに夢中になり、非常食を60個も無駄にしてしまい、マティをして「一時の楽しみにはなったが学ぶものは何ひとつなく、苛立ちを募らせ」る、といった描写があります。
これは「銃こそ正義」だった西部開拓時代の、古き男たちの寓話なのです。
もう一点、特筆すべきは「風景」。ヘンリー・ハサウェイはロケーションにこだわる監督です。「西部開拓史」のファーストエピソードでは、川を下りながら移動する開拓民の家族を描き、「ネバダ・スミス」ではディープ・サウス特有のスワンプ(沼沢地)という、西部劇ではあまりお目にかかれない舞台が出てきます。そして本作では、雪を冠した遥かなるロッキーの峰々、そして黄金に輝く紅葉の森林をバックに展開する4対1の決闘シーンなど、名カメラマン、ルシエン・バラードの手腕も相まって心打たれる美しい西部の風景を見せてくれます。原作の小説は冬が舞台になっていますが、映画では秋に変えたところに監督のこだわりがあり、表情豊かな大自然の中での追跡劇を見せ、最後の最後で冬=雪景色にすることで感動的なラストシーンを迎えるのです。
さて、コーエン兄弟版「トゥルー・グリット」はいかに?
おそらく原作に忠実に、銀世界をバックにハードな復讐劇が展開すると思われます。
J.ウェイン版 → 原作小説 → コーエン版と、この作品の魅力に迫る横断レビュー。
第二章へ、
【 To be Continued! 】