レビュアーはかつて10年前に中国留学中に、6名ほど本書のテーマである労働改造所(労改=ラオカイ)から「生還」した人に会っており、多少は労改について知っているつもりであったが、本書を読んで自分の不明をひどく恥じる結果となった。本書を読んで個人的にショックだったのは、微妙に自分の留学時代に足を踏み入れたことのある場所と著者がいた場所とが交錯していたこと、にもかかわらず、本書で提示される事実の兆候に気づきながらも、あまり気に留めていなかった自分の不明さである。本書で明らかにされるのは、思想弾圧や冤罪によって労改送りとなった人々が、奴隷労働によって格安の中国産品を産出する原動力となっていること、また、処刑される死刑囚が、臓器移植のドナーとして、その処刑時間さえ調整されている、といった、現代中国における人権侵害の事実の告発である。
表の門から入ると国営企業だが、裏の門から入ると労改…。国営企業のパンフレットに記載されている総経理(社長)の顔写真と名前が、労改のパンフレットに記載のそれと全く同じというのは、漫画的ではあるが、きわめて中国的だ。このような仕組みが、西側諸国で評価されるトウ小平の改革開放によって中国の労改や刑務所などすべての単位(ダンウェイ)で独立採算を要求されたことに端を発するというの皮肉なことだ。
本書は、そのような労改の仕組みなどについて詳しく報じており、出版からかなりの年月が経っているものの、今なお現代的価値を失っていない。また、著者の労改時代など半生については、前著『ビターウィンズ』があるので、興味のある人はそちらもお勧めしたい。