内容紹介
長い監督・コーチ歴の中で加茂氏自身が綴ってきたオリジナル・サッカーノートを踏まえ、抽象的な理論ではなく、具体的に現れた課題にどのように対処してきたのかを明らかにしていきます。それだけではありません。社会人チームとしてどうやって会社内に「応援団」を作るかに腐心しました。たとえば「チーム作り」といっても、選手の育成だけではなく、サッカーを行う環境をどう作るのか、また社内コンセンサスをはかるにはどう考え、どう行動すべきかなど、一指導者として行ってきたことを多彩な視点から取り上げて解説しています。
ヤンマーで2度の天皇杯、日本リーグ連覇、そして当時、神奈川県リーグにいた日産自動車へ日本人初のプロ契約監督として移ります。10年目で天皇杯を勝ち取り、その後、天皇杯を3度、日本リーグ、JSLカップを合わせた三冠も達成しています。Jリーグ監督、日本代表監督とまさに王道を歩んできた加茂氏に、今、改めて指導者にとって何が大切であるのか、繊細緻密な思考に裏付けられた実績・経験の一端をみなさんと共有する機会をご提供します。
◆日産自動車サッカー部時代~1mm作戦
日産自動車サッカー部時代
1mm作戦(読売クラブを目標に活動)
◆県リーグ時代の練習と目標設定
県リーグ時代の練習事情
目標をしっかり立てる
◆練習のオーガナイズとモデルチェンジ
練習のオーガナイズ
例)スケジュールを組む
技術のトレーニング
戦術のトレーニング
日産自動車サッカー部のレベルアップを図る
モデルチェンジ
チームの大改造計画
チームの年間計画
戦術的トレーニング
◆FIFAコーチングスクール~デッドマール・クラマーとの出会い
FIFAコーチングスクール
クラマーに学んだこと
◆監督・コーチの条件
◆指導のポイント
出演者について
1939年兵庫県生まれ。サッカー解説者。特定非営利活動法人スポーツ指導者支援協会代表理事。兵庫県立芦屋高校、関西学院大学を経て1964年ヤンマーディーゼル株式会社に入社。1967年ヤンマーディーゼル・サッカー部コーチとなる。1969年FIFAコーチライセンス取得。1974年日産自動車株式会社サッカー部監督に就任。天皇杯、日本リーグ、JSLカップの三冠を達成する。Jリーグ全日空佐藤工業サッカークラブ監督を務めた後、日本代表監督に就任した。現在はサッカー解説者としてテレビ、新聞等で活躍する傍ら、関西学院大学サッカー部監督として後進の育成にあたっている。天皇杯優勝7回。日本代表監督の通算成績24勝13敗11分。