2008年8月というのはまさに五輪一色だったが、メディアの関心というのは、ほとんど五輪会場の中だけ、一歩出たらどうなっているのか、皆目分からない。「紙面・放映時間に限りがある」という理由は確かに分かる。でも、街場の反応、業界的にいう「雑観」記事が目立って少ない感じがした。会場内と違ってネタ探しから始めないといけないから、簡単なようだが面白いものを書ける記者は限られる。作家としてのストーリーテリングも、ライターの取材力も持つ重松清を丸一月借り切った朝日の好判断を評価したい。そして、本筋を追う五輪記者と一線を画し、五輪に沸く中国で「市井の人」の表情を切り出す役割に徹した重松の姿勢もすばらしい。(「五輪取材」にかこつけて大名旅行した芸能人に爪のあかを煎じて飲ませたい)
あいにく痛風悪化のため松葉杖で足を引きづりながらだが、時には一日に100キロ以上の行程をこなすハードな旅だ。重松の正義感というのはシンプルだが、共感を覚える。共産党や国家をかさに偉そうな人間には「なんだこのやろう」と怒り、優しく接してくれる人には感激する。タバコ売りの子ども、バーの宮迫似の店員、夜行で22時間も掛けてきて興味もない試合を見る親子。会場の外に無数にある人物像が重松のストレートな感情表現と両者の会話から浮かび上がってくる。痛風はもしかして、わざとなったんじゃないかと言う位、よく出てきて「病人重松」への中国人の反応が書かれている。
「中国人」で一括りにする見方は分かりやすいが安直だ。本書で一番言いたかったのはそれではないか。五輪期間中でも人々は「加油!!」と叫んで応援しながら、日常の生活をしていた。当たり前の事実だが、それだけでも読むべき価値のある物なのだ。ソフトボールは感激したけれど、五輪関係メディアで一番面白かったのは本書だった。