加害者の家族がどのような状況におかれているかを知る上で助けになる。日本社会が加害者家族とどう向き合っていけばよいのかは立場によって分かたれる難しい問題であり、勇気のある出版といえる。どの章をとっても興味深い。
第一章
一つの加害者家族の妻に突然警察から電話がかかってきたところから始まる具体的なルポタージュだ。夫の逮捕、子供の転校、家族が苦しんでいるのを知らない夫、借金、空き家となって買手がつかない自宅、夫の父親の会社が倒産。東野圭吾の『
手紙 (文春文庫)』に描かれている、強盗殺人を犯してしまった兄を持つ弟の悲劇のようではないか。
第二章と三章
有名な事件の加害者家族の事例を幾つか綴られてある。加害者家族や被害者家族の手記が出版されており、真新しさは少なかった。
興味深いのは、殺人事件の40%前後を占めるのは「家族内殺人」であり、日本の伝統的な殺人の形態となっている事実だ。冤罪でも築き上げてきた人生は崩壊する。冤罪や、直接関係ない人間を追い詰めるマスコミのいきすぎた報道はなんとかならないのかと思った。
第四章
少年犯罪において、親の責任がどこまで関与しているのかを分析してあり興味深い。子を持つ親の方々が読めば、「兆候」があるならば必ず見抜き、未然に防げるのではないだろうか。
被害者家族はもっと苦しんでいるというのに、日本の「和」を重んじる精神からさらに圧力を加えられている。日本社会では、「被害者の側にも落ち度があったからだ」と非難や偏見をもつのも伝統となっている。「和」を大切にする精神は日本の長所でもあるが、事件ともなると裏目に出て閉塞感を生む。
第五章
加害者家族に対して他国での取り組みが紹介されてあるが、まだ日本は始まったばかりだ。何らかの支援が確立するまで気の遠くなるほどの時間がかかるだろう。
加害者家族が置かれている状況から、情報化社会のあり方も問われる。私たちも、いつ冤罪に遭ったり犯罪に巻き込まれたりしかねないという心得を持ち、被害者家族や加害者家族への理解を深める上で、本書が出版されたことには大いに意義がある。さらに意義あるものにするには、多く読まれるのが必要がある。