精神分析療法は、精神分析医と患者のあいだに結ばれた、濃密な契約関係である。
週に3〜4回、3年間以上も続けるのだから、治療者も患者も負担が大きい。
それでもやはり、精神分析には、他の治療法では代わりにならない魅力がある。
心を扱う本のカバーは白地かクリーム色が多いのに、この本は正反対。
正体がわからない不安を抱かせ、深い闇をも連想させる、真っ黒である。
しかしそれは、精神分析治療をドラマ(劇・芝居)になぞらえて語るためだったとわかる。
舞台上演中、つまり、患者との面接で疲労困憊したセラピストを休ませ、
激励するのが舞台裏のスーパーバイザーの役目だという。
私がこの本から得た最大の収穫は、逆転移と「治療者の病理」である。
なぜ、『逆転移』が、精神分析のなかでひとつの重要なテーマなのかが理解できた。
逆転移とは、精神分析家が患者に好意や嫌悪の感情を抱くことだけにとどまらない。
精神分析を受けにやってきた悩める患者の治療を開始することで、
セラピスト自身も悩める患者になってしまう事態も、
じつはそう珍しいことではないようである。
まさにミイラ取りがミイラになるといった事態が起こる。
セラピストはどのようにしてこのクライアントから転写・触発された己の病を癒し、
それをクライアントの治癒に結びつけるか。その答えが書いてある。
精神分析の現場で起きる治療者と患者の無意識レベルでの相対的な交流のイメージや、
無意識的なエネルギー投影の流れが、精神分析理論としては
かなり簡素で明快な図式として掲げてある。
排他的で、部外者には固く閉ざされたままだった堅牢な精神分析界の門が、
少しずつゆっくりと開かれつつあるように感じた。