本書は極めて優れたウォルトディズニーの伝記であると同時に、極めて優れた20世紀アメリカ史の教科書であり、極めて優れた経営学の教科書である。ピュアなディズニー作品のファン向けの書物ではないかもしれないが、大力作であり、一読の価値がある。600頁を超える大著ではあるものの、優れた訳にも助けられ、睡眠を削ってあっという間に読み終えた。
20世紀アメリカは世界の中心であった。ウォルトディズニーの人生は、二つの大戦と恐慌、共産主義の台頭、戦後の繁栄などの揺れ動くアメリカ(及びそれを中心とする世界)との文脈において捉えられている。そして、それが極めて精緻に描かれている。
著者はウォルトディズニーに対して、決して手放しの賛辞を送っているわけではない。むしろ随所に、彼の自己中心的な側面や経営能力の欠如が指摘されている。それでもなお、自らの強い信念に従い、冷静な兄の牽制もあって銀行や資本家、従業員との問題などを解決していく様子は、正に経営のリアリティを克明に映し出している。
巻末の解説の提案に従って、久しぶりにディズニーの遺作Mary Poppinsを見た。恥ずかしながら、Mr. Banksの解雇からエンディングにかけては、涙が止まらない。私の目にもしっかりと、Mary PoppinsとMr. Banksの両主役は、ウォルトディズニーの人生観を体現しているように見えた。
なお、原題は"WALT DISNEY"であるが、「創造の狂気」という邦題はややずれている感が否めない。本書を貫くのは彼の執念と努力、困難と挫折、そして妥協と成功である。また、「ミッキー生みの親、実は「嫌なヤツ」?」という帯のフレーズは本書の内容を全く反映していないので注意が必要である。