自由をつくる自在に生きる (集英社新書 520C)の後に読みました。
その筆者が自分の場合の自在を書いたものが本書に当たります。
私はギヤやモーターを用いた工作はせず、専ら半田ごてで何か作っていましたが、
推論すること、それを応用すること、という意味ではなるほどな、と思わされる
記述が多々ありました。
工作をした人でないと分からない、工作のセンス(を感じられる)センスなど、
確かに思い当たる節がたくさんあります。
ですので、今でも機械を分解すると、設計した人がどういう意図で最終案を
この形にしたか、大体見当が付くようになりました。
こちらの本では更に踏み込んで、生きることもまた同様だ、と述べています。
工作をして機械を通じて設計者の意図や工夫を感じられ、自分で何か作るときに
応用してみる点と同じことです。
子どものころに試行錯誤の経験が無く、何でも「危ないから」でやらせて
貰えなかった子は、自然と生き方を“選ぶ”ことになります。
本来、どう生きようと自在であるはずなのに、何か既に誰かが作ってくれた
予定調和に敢えて束縛される生き方を選ぶということになってしまいかねません。
この本には上記の程度の内容しか書かれていませんが(恐らく筆者はこれ以上は興味がない)、
この指摘は洋服や家電品を選ぶように、人生を選んでしまうという意味に於いて
かなり重たい問題だと感じました。