《単語にアクセントが付いている教材》がほとんど出版されていないタイ王国では、高校でも大学でも、アクセントやイントネーション、プロミネンスの指導が日本語教育からすっぽり抜け落ちていると言っても過言ではないように思っている。
その点、初級者にも中級者にも意味がわかる程度の例文による、本書のような発音指導の教材は貴重であり、一時は「会話」クラスの教科書に採用しようと思って指導準備用のノートまで作り始めたのだが、…ぼくの場合は…採用を見送ることになった。
理由はいくつかある。
一番大きな理由は、(アクセントの指導をまともに受けてきていないタイ人学生にとっては特に!なのだが、)本書の最大の「売り」である【★イントネーションカーブ】の描かれ方が、まことに残念ながら 少々「ザツ」なのだ。(CDを聴けば聴くほど、描かれたカーブとのズレが気になる学習者も出てこよう)
例えば、本書冒頭の「イントロダクション」の見開きに4回出てくる「はじめまして」ということば。その左ページと右ページの【★イントネーションカーブ】がもう異なる形である。このカーブだけでは、「は↑★ジ↓めまして」(←高いジの後で下がってしまう)と言ってしまう学生に正しいイントネーションを納得させることはできまい。
同じ見開きの「北京から来ました」の「ぺきんから」でも、左ページのカーブは どう見ても「ペキ↓んから」と2拍目の後ろ辺りに滝があるように描かれており、その一方で右ページに描かれているカーブは かなり明確にプロミネンスも高く、正しく頭高の「ペ」で落ちるカーブとして描かれていたりするわけだ。(どんな文脈でも「ペ↑キ↓んから」とは言うまい)
この弱点をカバーするためにか、本書の全ての例文には(イントネーションカーブ以外に)二通りものアクセント表示が施されている。一つは「アクセントの滝」をカギ印で示し、もう一つはアルファベットの「大文字表記」と「小文字表記」で「高」「低」を示してある。こうした努力は高く評価していいと思う。
これらを活用すればカーブラインの「ザツ」さは もしかすると克服できるかもしれないのだが、ただ、ぼくの前にいる《アクセントの指導を受けたことのないタイ人学生たち》がこの小さい小さい「アクセントの滝」のカギ印に着目するとは思われなかったし、目を凝らして、見慣れないローマ字の大文字小文字の差違を読み取ろうとするとも思えなかった。そもそも、「眼を懲ら」さなくても★直観的に抑揚・イントネーションが把握できてこそ、本書の面目が保たれるのではあるまいか。
本書は、アクセントの何たるかを一応知識として学び終えている学生や、アルファベット表記を母国語とする学習者には、もっと利用価値があるのかも知れない。
ただし、やっぱりカーブの「曖昧さ?」は否めない。目敏い学習者は言うだろう。「先生、この『大阪から来ました』ですが、『OOSAKAKARA』と、全部★大文字だから全部★高いんですよね?どうして最初の『お』と最後の『ら』の所のカーブは低く書いてあるんですか?」と。(同じく冒頭「イントロダクション」ページ)
音の高低をデコボコと…一文の全ての文字をジグザグの★カギ線でたどるアクセント表示の方法がある。ぼくはこれを本書の全例文に書き込んでみた。言わば理論的な高低カーブと実際の発話カーブの並記である。改訂の際にはご一考願いたい。(←ただ、これを付けるとなると、例文の「漢字」表記が邪魔になる。)(*^_^*)
それから「リズムで言おう」というコーナーが何回か設定されていていわゆる「フット」の話が展開されているのだが(←例えば「お母さん」は「タ・タン・タン」である、と。)、こういう話は長音や促音がはっきり「等しい時間」を取って正しく発音できるようになってからでなくては、「音節」単位の発音から脱出できていない初・中級学習者に対しては無用の長物、★混乱の元ではないだろうか。
……それと、「すっごく」という言葉がすっごくたくさん出てきたりもするので、50代男性の日本語教師としてはすっごく違和感がありました。