著者の中沢君には数年前に何回か会ったことがある。彼の家にも遊びに行った。
「歩く雑誌」を描くのに使用してるゼブラのマッキーの黄緑色が切れたから買いたい、という彼と一緒に何軒かの文房具屋をまわったけど黄緑色のマッキーはどこにも売ってなかった、ってのが思い出。
当時彼が住んでたアパートは都下の畑の多い、駅からけっこう離れたところにあって、そこまでの道は、暗くてほとんど人とすれ違わない。
外出するときは必ず「歩く雑誌」を身に纏うことにしているという彼に、
「誰ともすれ違わないし、夜中だと真っ暗だから常に『歩く雑誌』しても意味無いじゃないか」と言うと、
「まあそうですね」と言ってた。
この本はそんな中沢君の処女作品。
表紙に後姿が使われてるくらいだから、著者のインパクトも込みで楽しむべきでしょう。
中沢君の周りの人をモデルにして書かれた私小説風の恋愛小説なんだけど、彼の格好そのまま、超過敏な自意識がさらけ出されていて、赤く腫れあがってる。
自分の周りの大切な人を見て、感じて、考えたことを加工して、物語を書き進めていったんだろうなあ。
焦燥感を掻き立てるかのような章立ての無い、超速度のストーリーに取り込まれてしまうが、読み進めるうちにやさしい雰囲気が文章中に染み込んでいることに気づく。
この物語のラストは、彼の願望だろうか。幻想だろうか。
それとも全てを見越した計算か。
単なる初恋か。
この出版不況の時代に、この本はどれくらい売れるんだろう。
そもそも誰が買うんだろ。すごく気になるなあ。
それなりに売れて欲しいなあ。
と思う。
心から思う。
断言できるのは、
この小説は、彼のあの姿になぜか見入ってしまう、“迎合のしかたが分からない人”の琴線を確実にはじくってこと。
そんで、このカオスなネット空間でこのレビューに辿り着いたあなたには、その属性があるってこと。