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初代竹内洋岳に聞く
 
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初代竹内洋岳に聞く [単行本]

塩野 米松
5つ星のうち 4.6  レビューをすべて見る (5件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

出版社/著者からの内容紹介

世界に存在する8000mを超える山は14座。その全てに登頂した人間は世界でわずか18人(2010年2月現在)。しかしながら、いまだその中に日本人の名前はありません。本書は、そんな8000m峰完全制覇に最も近いと言われている日本人、竹内洋岳(たけうちひろたか)の世界に、聞き書きの名手、塩野米松が迫った渾身の一作。
現代の日本において希少な人物ともいえる挑戦者、竹内洋岳は、現在、世界の登山家の中においても5本の指に数えられるといわれています。日本で数少ないプロの登山家でありながら、特定の山岳団体に所属せず、自分の体重をもそぎ落とし「ライト アンド ファスト」というスタイルで難山に挑み続けています。

内容(「BOOK」データベースより)

地球上に8000m以上の頂は14座。この全てに登ったのは世界でたったの18人。日本人でこの14サミッターに一番近い登山家の世界。

出版社からのコメント

団塊ジュニア世代に、こんなにスゴい日本人登山家が!!
一般人には、あまりにも過酷な極限状態の登山を飄々と登り続ける竹内洋岳の摩訶不思議な魅力を堪能しつつ、まだまだ日本人は挑戦していける、そんな希望がわいてくる一冊です。

著者からのコメント

 私は登山のことはまるで知らない。せいぜい南米で5000メートルあたりまで登ってみたことがあるだけである。登山そのものに関しての報告はまた別の機会に竹内氏が自らするだろう。私はプロの登山家という竹内洋岳という人間像を描こうと、ゾウにたかった蟻のようによじ登って見たり、囓ってみたりしてみただけである。
 そうやって、わずかに登山家・竹内洋岳の断片をかき集めたのがこの本である。二年間、二百時間弱のインタビューでやっとここまでである。
 やっぱり不思議な竹内洋岳である。(本書あとがき より)

カバーの折り返し

私が初めて8000メートル峰の登山を経験したのは1991年。それから19年をかけて現在12座に登頂してきました。(2010年3月現在)中には2度、3度とトライしてようやく頂上に立った山もいくつかあります。
14座完登までは、遠く困難な道のりです。しかし、これこそが私にこそできるチャレンジだと信じています!
・・・・・・・・・・・・・・・・・竹内洋岳

著者について

塩野米松 Shiono Yonematsu 1947 年、秋田県角館生まれ。東京理科大卒。芥川賞4 回ノミネート。アンクル米松の愛称で、アウトドアライターとして活躍。聞き書きの名手としても異才を放つ作家。失われゆく伝統文化・技術の記録に精力的に取り組んでいる。2003 年、これまでの作家活動を讃え、国際天文連合より小惑星11987 にYONEMATSU の名が授与された。著書に「手業に学べ」「聞き書き日本漁師」「失われた手仕事の思想」「木のいのち木のこころ(天・地・人)」「屋久島の山守千年の仕事」「ふたつの川 」「いなほ保育園の十二ヶ月」「木を変える」など多数。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

塩野 米松
1947年、秋田県角館生まれ。東京理科大卒。芥川賞4回ノミネート。アンクル米松の愛称で、アウトドアライターとして活躍。聞き書きの名手としても異才を放つ作家。失われゆく伝統文化・技術の記録に精力的に取り組んでいる。2003年、これまでの作家活動を讃え、国際天文連合より小惑星11987にYONEMATSUの名が授与された(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

About this Title

『2008年1月16日・話しはじめに』・・・・・・・竹内洋岳

 2007年、ガッシャブルムで遭遇した雪崩事故のことを話せるようになったのは最近なんです。
 そのときのことを思い出すと、気持ちが悪くなって、起きていても悪夢にうなされるような、ちょっと精神的に不安定になって食事も取れなくなることもありました。いままで自分がそんなことになったことなんてなかったものですから。これは相当、精神的に大きなダメージだったのだなと改めて思いましたね。
 その前に、エベレストで一回、突然、意識を失って血を吐いて、レスキューをされたことがあるんです。そのときも、助からないかもしれないという騒ぎでした。パートナーのラルフとガリンダにデキサメタゾンの注射打ってもらって、どうにか自分で下りては来たんです。
 そのときは、自分の身体の中から起きたことなので決着をつけやすかったんですね。
 ところが今回(2007年、ガッシャブルム)の雪崩というのは、側にいた仲間が二人死んでしまったということもありますし、なぜ、そういうことが起きてしまったのかとか、なぜ自分が助かって彼らは死んでしまったのか......、ついさっきまで一緒に話をしていた二人が......、「なぜ」ということがすごく多くて、考えても答えが見つからないんです。答えが見つからないことがわかってしまう
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ことの苦しさっていうのが、混乱を起こして、苦しんだんでしょうね。
 時間が経つことで、だんだん、いろいろな意味で、記憶や思いから距離ができて、見つめ直すことができるし、話すこともできるようになってきたんです。記憶から距離ができることで触れると痛いような感覚も少しおぼろげになってきて、逆に少し分け入って見ることができるようになってきたんですね。
 傷の上に瘡蓋のようなものができたかもしれないですね。
 あの事故直後というのは、お見舞いにお客さんが来ると、私は興奮したようにしゃべって、お客さんが帰っちゃうと、しゃべったことへの自己嫌悪に陥ってすっごい変な状態になっていくんです。
 ところがいまは、冷静に見ることができるようになってきた気はするんです。それで、だいぶお話しすることができると思うんです。
 あの事故も含めて、私がやっている山登りというものを、ちょっと客観的に残さないといけない、そういう思いはあるんです。
 なぜかというと、やはり、死んでしまうことは、あると思うんですよね。自分としてはそれなりに自分のやっていることというのは、自分の命をかける価値があると思ってやっているんです。それをなんか伝えるというとおこがましいんですけど、何か形にしておかないといけないような気はしてきているんです。いままでは、あまりそんなことは考えたことはないんですけども、立て続けに死にそこなったりすると、残しておかないとまずいかなと思って......お話しさせてもらうことにしました。
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 本来、事故にあったり、失敗をして死にそうになった人たちは話したくないと思うんです。昔の私だとそれを隠したと思うのですけれど、話しても良いと思うようになりました。今後も登山を続けていくのは明らかだし、今回だけで終わりじゃないんです。終わりなら隠しておけばいいんですけども、続けていくなら、失敗がすごく重要だということが、ここ何年かでわかってきたんですよ。
 若かったときは、もう次があるかどうかよくわからなかったですから、いいことだけ言って褒めてもらってお終いでよかったんです。
 こういっちゃなんですけど、失敗を成功と同様に扱えることは、すごく面白いですね。失敗も経験として話すことができますから。
 そのために手に入れるものが大きくなると思いますね。欧米のクライマーと付き合うようになってから、そういう雰囲気が出てきましたね。(以下略)

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