行動分析学の創始者B.F.スキナー(1904-1990)が米国心理学会での講演をもとに、M.E.ヴォーンと共著で一般向けに出版した"Enjoy Old Age"(1983年)。全米ベストセラーになり、直ちに邦訳が出版された。『楽しく見事に年齢(とし)をとる法―いまから準備する自己充実プログラム―』(本明寛・訳、ダイヤモンド社、1984年)である。しかし現在は入手困難のため、新訳となる本書の出版を喜びたい。本書の底本は1997年のNortonペーパーバック版だが、原書は1983年版も1997年版も(一字一句確かめたわけではないが)、誤植訂正などを除けば同一のようである。
新訳も旧訳と同じように読みやすい。少し気になったのは8章のタイトルの訳が「心を穏やかに保つ」になっていること。「心」という言葉がスキナーの批判する心理主義を連想させてしまう。ちなみに原書では"Feeling Better"で、旧訳では「いつも陽気に生きる知恵」であった。ただ、内容は当然ながら心理主義ではないし、スキナー自身も、これは学術論文ではないので日常の言葉遣いで書いたとしているから、この訳でも許容範囲か。
星を1つ減らしたのは、本書には解説も訳者あとがきも全くなく、スキナーの人物像が、まえがき(スキナーによる「はじめに」とヴォーンによる「共著者のことば」)からしかわからないこと。本書が初訳ではないこともどこにも記されていない。
なお、最終ページの著者紹介や帯に(そしてこのAmazonの「商品説明」にも)
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「教育とは、学んだことがすべて忘れられた後に残る“何か”である」という名言が、博士の業績を象徴している。
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とあるが、これは不適切だと思う。これは確かにスキナーの言葉(Education is what survives when what has been learned has been forgotten)で、しかもネット検索すると英語圏でもしばしば誤解されて名言として伝わっているようだが、スキナーの本意は逆である。
この言葉は1964年にNew Scientist誌に掲載された"New methods and new aims in teaching"という論文[…]にある。
この言葉は最後から2段落目に見られるが、その段落は「現在の指導法では副産物としてしか教えられていない具体的な知的スキル、能力、態度、センスなどは、実験的行動分析学の発展により、20年後には注意の焦点となるだろう」と結ばれている。
「教育とは」云々は単に「世間ではそういわれているが…」という意味で記述されているに過ぎず、スキナーの名言とすべきでない。ちなみに同様の言葉がアインシュタインの名言としても知られており、それがスキナーのこの記述行動を引き起こしたのではないだろうか。ともあれ、教育学でいうところの形式陶冶か実質陶冶かという問題を論じている箇所であって、スキナーの行動分析学は後者である。この言葉をスキナーの名言として人物紹介するのは彼の思想を誤って伝えるものであろう。可能であれば2刷以降からは、この点を修正願いたい。