この本は、台南に住む実在の人物「アロン」を通して台湾人の 台湾語・台湾文化への思い、台湾の現代史を浮かび上がらせている。
また、映画『悲情城市』に対する台湾人の批判的な見方を紹介している点で貴重な一冊である。
アロンは、コンピューターの専門家で、台湾の第三原発にも勤めたが、その職を辞して、台湾語のマルチメディア百科事典ともいうべきソフトウェアの作成に生涯をかけている。このアロンと著者の長年にわたる交流を描いたのが本書である。
著者は、本書にあるように、1944年、台南生まれの湾生(わんせい)であるが、「引き揚げ」後、長野で教育を受け、さらに紅衛兵から中国語を学んだ。台湾語を解さない著者の言動は、時に、台湾人を傷つける言葉があるのではないかとハラハラさせられるが、著者は素直な疑問をアロンにぶつけ、自らの考えを修正していく。ぶつかりながら、理解を深めているところが好感を持てる。それに著者はこれまで台湾映画を日本に紹介してきたという大きな実績があり、本書によって、そのこと自体も客体化し、多角的な視野を日本に提供した。
現在公開中の台湾映画『モンガに散る』が、内容は、台湾語と中国語のバイリンガルであるが、その日本語タイトルからして、台湾語軽視を露呈している。舞台となっているのは、バンカである。だからこそ日本時代に萬華という字が当てられたのであろう。これをこの映画は、製作者が台湾語のローマ字表記を知らないものだから、訛った台湾語と英語の知識で、Mongaと表記した。それを台湾語を知らない日本の配給会社が、そのままカタカナに直して「モンガ」になってしまったのである。知らないのであれば、しかるべき専門家に問い合わせるべきではなかったか。ましてや、この件については、メールマガジン『台湾の声』で早くから指摘 があったのである。
字幕翻訳に当たっても「バンカというのはもともと平埔族の言葉」という箇所が、「台北の地元の言葉」と、台湾の背景を無視した翻訳が行われている。本書の出版によって、台湾語軽視について反省の機運が生まれることを期待する。
本書には、台日大辞典の編者でもある、台湾言語学の祖・小川尚義の名前を「小山尚義」とした誤植や、台湾の地名人名に中国語でルビを振るなど、「中華民国への返還」を前提とした措置がとられているが、そういった問題点にさえ気をつければ、台湾人の台湾語・台湾文化への思いを日本語で紹介したという点で、十分に推薦に値する書物である。
台湾語社会人クラスで、「熱い男の物語」と話題になっているこの本を是非一読されたい。
初めて台湾語をパソコンに喋らせた男―母語を蘇らせる物語